唯心論spiritualism (482)

最終更新日:2002年05月10日 船戸和弥のホームページ

哲学事典(森 宏一編集、青木書店 1981増補版)から引用:括弧内は参照頁。

 世界は精神的な本源から成立するという学説で、これによると、世界は本源的な精神のあらわれたものであるか、または世界はたんなる幻影にすぎず実在しないという主張となる。唯心論は、精神を実体化してみとめているもので、観念論の多くは唯心論である。仏教も、また中国の朱子学派も陽明学派も、これであり、プラトン、新プラトン派も同じであり、スコラ学はもちろん、ライプニッツ、ヘーゲルなど、みなこれである。しかし、観念論のすべてが唯心論だということはできない。19世紀いらいとくに説かれた認識論における観念論は、意識の働きを基礎におくが、これが霊魂・精神・理性などという実体化された存在とはせず、認識の作用をする機能にほかならないとするのである。この機能が人間の身体組織、とくに脳髄の機能から生じてくるとすれば、唯物論の立場になるが、そうはしないで、脳髄の機能によって意識作用があらわれると認識しているのも、やはり認識の機能を働かせているのだから、このような機能を認めるのだというわけで、それ以上にはでないで、この機能をするものを精神的実体とまではすすめない。しかし、このような認識論上での意識のとらえ方をしても、たとえばカントは実践理性の立場からは霊魂の不滅を承認するにいたるように、精神・意識を単に機能とのみ認める観念論も、唯心論のかげがつきまとうのをまぬかれていない。