唯我論solipsism (481)

最終更新日:2002年05月10日 船戸和弥のホームページ

哲学事典(森 宏一編集、青木書店 1981増補版)から引用:括弧内は参照頁。

 独我論ともいう。ラテン語のsolus(ただ一つ)とipse(自身)からつくられた語。すなわち、ただ自己自身ひとりだけ、という意味。すべての主観的観念論が徹底的にその立場をおしすすめると、自己自身とその意識があるだけであるという結論、つまり唯我論にるだけであるという結論、つまり唯我論にいたる。しばしばその代表者にあげられるのは、バークリである。主観的観念論は、感覚的経験をもとにして出発し、そこから感覚にあらわれたものとしてのみ、周囲の世界もほかの人びとも存在するのであり、本来存在しているのは、このように感覚している自己だけとなるので、唯我論にほかならなくなる。イギリスのプラグマティスト、F.C.S. シラーは、唯我論は理論上ではまったく成立するが、実際生活ではこれは不都合なものであるといっているが、これはほかならぬ、理論の真偽は実践によってためされることを告白しているにほかならない。そこで、主観的観念論者は、唯我論にまでおちいっていくことを避けるために、超個人的な意識とか神とかをもちだして、自己個人の意識にあらわれることによって事物(他人もふくめて)存在するという主張を和らげようと試みる。それによって、客観的観念論と同一の立場に帰着する主張にもなる。