ロマン主義romaniticism (528)

最終更新日:2002年05月10日 船戸和弥のホームページ

哲学事典(森 宏一編集、青木書店 1981増補版)から引用:括弧内は参照頁。

 芸術上の創作方法として、19世紀の20~30年代にヨーロッパにあらわれた。これには、当時の社会状態が反映されており、したがってただ芸術上ばかりでなく、哲学の思考方法にもあらわれている。その社会状態とは、フランスの18世紀末のブルジョア革命からもたらされ、全ヨーロッパ的に波及した状態であて、封建制反対、人民解放の戦いのあらわれである。ロマン主義は古典主義にかわって、この状態を反映しながら出現したが、これには、その反映の仕方でたがいに対立する二つの傾向をとった。そのひとつは、資本主義の勝利に対する反動としてあらわれ、新時代に背をむけ、人民の解放闘争の動きを退けるものである。そこから、新しく生まれた社会暗黒面・否定面にだけ目をむけて、封建社会に対比してのそれの積極面を見ず、かえって封建制へたちかえることを唱え、新社会のもたらしたものから生みだされる諸矛盾を、幻想的な理想のうちで回避しようとする。したがって、異常な状況や空想的イメージをもちだすことになっている。その代表者には芸術・思想をふくめて、ドイツのティーク(L. Tieck), シュレーゲル (F. von Schelegel), ノヴァーリス(F.von Hardenbergの文筆名)などがいた。他は、その基本的方向を、進歩的な道にそうてもっており、封建制反対のみならずブルジョアジーにさえも対立するもので、反動政治には戦いをしめしたものであり、そこには二面的な性格や悲劇的な要素も含められてはいたが、全体としては未来を展望するものであった。イギリスのバイロン(G.G. Byron)、 シェリ(P.B Shelley)、フランスのユゴー(V.M. Hugo)、サンド(G. Sand)、また音楽ではシューベルト(F.P. Schubert)、ショパン(F.Chopin)、ベルリオーズ(H.Berlioz)などをあげることができる。だいたいにおいて、社会的におくれていたドイツに第一の傾向が強く、イギリス、フランスでは第二の傾向が多くしされている。