質、質と量quality, quality and quantity (181)

最終更新日:2002年05月10日 船戸和弥のホームページ

哲学事典(森 宏一編集、青木書店 1981増補版)から引用:括弧内は参照頁。

 質とは性質のことであり、事物は全て何らかの性質をもって存在し、これによって一物は墓から区別される。このさい質は、一物においてそれをなくせば、その存在をうしなうようなもののことであって、全ての物の存在と切り離せない。この展からいって、質は単に事物のもつ性質一般というだけのものではない。たとえば、一冊の本は表紙の色があせて替わり、また痛んでちぎれたりする程度の性質の変化では、本であることをうしなわないが、ページがばらばらになって無くされ、かかれている内容が伝えられないような性質のへんかでは、本であることをうしなわないが、ページがばらばらになってなくされ、かかれている内容が伝えられないような変化があれば、本たる資格はうしなわれる。そこで、そこで、質とされるのは、事物のもつ諸性質のうちの本質的な諸性質だということになる。それには感覚的にとらえられる性質ばかりでなく、非感覚的制す津(本がしめそうとする内容)もふくまれる。つまり、本質的性質の総合されたのが質である。事物は、けっしてそれだけで存在するのではなく、他の事物とのさまざまな関係をもつのであり、そこからは<個別・特殊・普遍>という関係が生じ、これに応じて質も個別的そのほかの観点からとらえられてくることになる。個々の本、理論書と芸術書、また本とそれ以外の存在物との差というふうに。他方、すべて存在するものは、一定の量的規定をもっている。量とは、大小・多少・濃淡・変化の遅速など、総じて計量できる規定性である。事物は一定の量的単位によってわけたり、また集めたりすることができる。量的にわけたりあつめたりしえないのは質的差異によるものであり、これをなしうるのは量的な面からである。前例の本で言えば、それ10ページ、20ページと分けうるが、内容という質のほうからいうと、そうした分け方ができないのにみられる。この意味で、量もまた、事物の差別をあたえるが、これは事物の存在にとって引き離してとらえることが出来るものである。一定の範囲では量の相違は、事物そのものに影響をあたえないですむ。本は100ページ、500ページ、1000ページでも本である。この展で、すべての事物の量的方面だけをとりあげ、この量的関係についてだけ研究する数学が成り立つ。しかしすべての事物は質をそなえていると同時に、量的規定をもって存在しているのが現実の姿であるから(→度合)、数学的知識による量的関係をとらえることに有意味性をみとめるのは自明のことであるが、これによって事物が全面的に認識されるわけではない。理論学で<質>という場合は、肯定判断か否定判断かの相違をさす。→量的変化から質的変化への移行の法則、およびその逆。