精神分析psycho-analysis (255-6)

最終更新日:2002年05月10日 船戸和弥のホームページ

哲学事典(森 宏一編集、青木書店 1981増補版)から引用:括弧内は参照頁。

 オーストリアの精神医学者フロイトの学説。彼の名によって、フロイト主義(Freudism)ともよばれる。その学説は、<自由連想法>という方法を用いた神経症治療の技術として、また、人間心理の解明としてなりたっている。<自由連想法>は、夢や言いちがえ・書きちがえなどの現象をとらえて、そのとき心に浮かぶことをつぎつぎと述べさせることで、意識されない心理の奥深くにかくれた抑圧されてきた心理の働きを読みとり、それにもとづき精神症の両方をたてることをいう。かれの心理学説は<唇素心理学(depth psychology)>といい、心理に、意識・前意識(自分で反省してそれがとらえられる意識)・無意識の三層を区別し、これによって心理現象を説明しようとするもの。その方法は生物学的主義であり機械論的な扱いを特徴とする。心理の基礎を本能におき、本能は不快を回避し快を要求するものであるが、これを客観的にいうと、種および個体保存の本能である。フロイトはこれらの二つの本能をあげているが、かれが主として論じたのは種保存の本能、すなわち性欲であって、これをもって心理のすべてを説明しようと試みる。しかし性欲の満足は、そのままの発現では社会的制約にぶつかり抑えられる。そこから性欲という本源的欲求(これをイド、またエスといい、その発現のエネルギーをリビドーと称する)が、現実生活に適応する力によって<抑圧>されることが生じる。このようにかれは、無意識の底からくる性的本能と、これを抑圧する力を、機械論的に説明している。本源的欲求エスとこれをうけとめている自我があって、この<超自我>があって、この<超自我>に反する場合に自責が生じ、ここから憂鬱や劣等感などが生みだされる。そこで、エスによる欲求の力(コンプレックス)が抑圧されるのを、なんらかの方法で解放するところに神経症療法があるわけである。さらにさまざまな文化を説明して、それらはこういう性的本能のエネルギー・リビドーが社会的に通用するかたちで、つまり社会的価値がみとめられるかたちで、あらわれたものだとされる(→昇華)。このフロイトの学説は、現在では、ユンクヤアードラーらによってうけつがれ、変様を加えられ、また社会史の解釈にも適用されるようになっていて(たとえば、フロム、カーディナー[1891~アメリカの精神分析学者]などが代表する)、ここに、いわゆる新フロイト派ができている。