現象論phenomenalism (129)

最終更新日:2002年05月10日 船戸和弥のホームページ

哲学事典(森 宏一編集、青木書店 1981増補版)から引用:括弧内は参照頁。

 ただ感覚にあたえられたもの(<センス・データ>)や知覚の内容だけが、知識の直接的対象だとする認識論。弁償補的唯物論の立場では、感覚および知覚は、客観的実在の主観による反映の一定の形態であって、どちらも各巻適時津代から切り離してはならいが、現象論はそれをきりはなしている。極端な現象論は、世界を観念の統計とみるバークリの主観的観念論や、世界を感覚の複合とみるマッハの経験批判論となり、また、感覚の背後にかくされたものは認識できないとするヒュームの不可知論になる。ゆるやかな形態の現象論は、ロックやカントの場合にみられるように、唯物論からみても観念論からみても、中途半端な不徹底二元論的主張となる。現代の理論実証主義では、経験を<センス・データ言語>で記述することができるから、こうした記述を呼びかける、いわば言語学主義のかたちをとった現象論の提唱(イギリスのエイアーら)もある。