運動motion (26)

最終更新日:2002年05月10日 船戸和弥のホームページ

哲学事典(森 宏一編集、青木書店 1981増補版)から引用:括弧内は参照頁。

 日常語では物体の位置変化をさすとだけ解されているが、哲学ではすでに古代のアリストテレスが質的変化や量的増減をもふくめて運動(kinesis)とよんだように、ひろく変化一般を意味するこのように解された運動は、物質のもっとも普遍的な存在形態であって、自然、社会のあらゆる過程をしめすものである。
 しかし、18世紀以前の唯物論は物質の運動をみとめながら、これを力学的(機械論的)運動たる位置変化にかぎって考えていたが、19世紀以来の諸科学の発展の上にたって弁証法的唯物論は、運動を上述のうに広い意味に理解することを得しめた。運動は物質にそなわる存在形態と解されることで、物質のない運動はなく、また運動のない物質はないものであり、静止はただ条件的なもので、たとえば地球に対して一物体が静止状態にあるとされるが、これら両者とも、太陽系にかんしてはともに運動している。また一物体が自己同一の状態をたもちつづけていても、その内部ではこの物体を構成している諸要素の運動、諸要素の更新や相互作用や矛盾などがおこなわれている。物質の運動は単純な形態から複雑な形態へと重層なして依存するものであって、それらは力学的、物理的、化学的、生物学的、社会的というような段階を形づくっている。そしてこれらの運動形態はそれぞれに固有な特徴をもっていて、複雑なものを単純なものに還元することは出来ない。運動を発展ということに対比した場合、前者は後者よりも広い概念をしめし、発展によってしめされるものの内部に支配する法則のほかに、運動は偶然的な、また外面的な変化をも含んでいる。