形而上学(的) metaphysics, metaphysical

最終更新日:2002年05月10日 船戸和弥のホームページ

哲学事典(森 宏一編集、青木書店 1981増補版)から引用

 形而上学の語の起こりは、アリストテレスの遺稿編纂のさいの《meta ta physika》、すなわちphysika(自然学)のあとの本という名からはじまる。1)アリストテレスはこの部分を第一哲学とよび、すべて存在するものの最高原理を研究するとし、それは感覚によってはえられず、思弁的理性でだけ知りうると説いた。およそ前1世紀からこの意味に形而上学の語が通用されるようになった。中世ではこれがスコラ学の神学とむすびついていたが、近代になってからは形而上学は存在論の意味に解かされており、世界全体についての知識であり、これをもとにして種々にあらわれる世界の諸現象を理解するとうことであった。ところが18世紀にヴォルフが学を分類して、形而上学は人間の自由とか霊魂の不滅とか神の存在とかを論ずる部類のもの、つまり超経験的なことがらに関するものであるとされた。カントがこれを批判して、それらの問題は理論論理性の扱うものではないと主張した。それ以来、形而上学は、主観的概念論者や実証主義者によって、経験の基礎に存在する客観的実在をみとめる唯物論にもあてはめられて唯物論もまた形而上学であるとしてこれを排撃してきている。2)ヘーゲルによって明らかにされたように、形而上学は反弁証法的思考方法だという理解が説かれるにいった。すなわち事物を、不変な、たがいに個々別々に引き離されて存在し、それ自体では運動せず、運動・変化の原因をその内部に持たないもの、というとらえ方をする一面的、主観主義的な思考方法をさすようになった。これは知識が、はじめはものごとを全体的な姿で、いわば大ざっぱにとらえていたのに対して、細部にわたって個々別々にそれぞれの知識領域を研究していくようになって生じたことである。しかし細部にわたり個々にくわしく認識していくことはたいせつなことであるが、ものごとの関連、その変化・発展をみおとすことは実際のありさまには合わない。こうした実際に合わない思考方法が形而上学とされる。そこで、弁証法的なものごとのあり方とここれをとらえる仕方、弁証法的思考方法が必要になる。こうして、弁証法と形而上学とが対立されて解されてきた。そしてこの弁証法は諸科学の成果が明らかにしてきたように、唯物論的弁証法としてマルクス、エンゲルスによって確立された。<形而上学的>とは、形而上学に二つの理解の仕方があるように、一方ではすべての存在基本原理を考察するか、または超経験的な事物の思弁にかんすることを意味し、他方では、弁証法的思考をなすことに関して言われる。