精神労働と肉体労働mental labour and physical labour (256-7)

最終更新日:2002年05月10日 船戸和弥のホームページ

哲学事典(森 宏一編集、青木書店 1981増補版)から引用:括弧内は参照頁。

 頭脳労働と筋肉労働ともいう。歴史的に形成された労働の差別で、また歴史的にこの差別の消滅が約束されている。精神労働(学者・芸術化・僧侶・教師・医師・弁護士、さらにさまざまな技術に関する技術者などが、これに属する)は肉体労働から分離され、他方、肉体労働にたずさわる人びと、すなわち直接の生産者は、支配階級の搾取の対象となる(もっとも、資本主義の発展は精神労働者をも搾取の対象へ変化されるようになる)。この分離は、まず奴隷制社会の初期に生じ、分業の結果である。そして当時にあっては、肉体労働からの精神労働の分離は一定の進歩的な役割を果たし、科学やそのほかの文化の発展に寄与した。しかし、敵対的な階級社会においてはこの分離は、階級的敵対関係をあらわすもので、精神労働は支配階級の特権になる一方、肉体労働は被搾取社会級の運命になる。資本主義の台頭は、資本家自身はじめは封建制社会のもとで被支配者であったが、同時にかれらは直後の生産者を搾取する立場もあり、そしてこの階級を封建的被支配の状態からから解放する役割をした精神労働の従事者をうみだした。ついて、資本主義社会での階級対立の激化は、精神労働にたずさわる人びとのうちからも、被搾取・被支配の肉体労働にたずさわる人びとの連帯をあらわし、この人びと、すなわち労働者階級の立場から精神的所産、科学的・芸術的などのイデオロギーをうみだすようになった。しかし、精神労働と肉体労働とが、それによって消失したわけではない。階級社会から抜けだす第一歩である社会主義にあっても、まだ両労働の差別は残る。しかしここでは、敵対的関係はなくなり、仕事の分野での相違になるのであり、しかも仕事の分野での相違になるのであり、しかも精神労働にたずさわる人びとのあいだからの出身者となるし、また肉体労働でおこなわれた直接の生産も、技術の進歩によってしだいに高い文化・技術的水準が求められるようになって、この方面からも両労働の実際的接近がすすめられる。共産主義の社会では、肉体労働の大きな部分が自動機械化され、人びとの労働時間の短縮は、肉体的および精神的な多方面への活動を発展させるようになり、古い分業の狭隘な専門へとじこめられることから解放され、したがって精神労働と肉体労働の分離が消失する。