生命life (258-9)

最終更新日:2002年05月09日 船戸和弥のホームページ

哲学事典(森 宏一編集、青木書店 1981増補版)から引用:括弧内は参照頁。

 無生物界の現象とは異なる生物体の活動、変化の過程のことと一応定義しうる。しかし生命とはなにかについては古来、観念論的な見解と唯物論的な見解との根深い対立があり、かつ諸見解がからみあい、生命の定義多種多様である。生気論は、生命は生物体に生命現象を生起させる原動力であって、生物体とは別個な<あるもの>であり、非物質的なものであるとする。科学と唯物論の見地は、生物を生物体との変化過程のなかにもとめ、それとは別個な<あるもの>を想定しない。生物は、個体性(→有機体)、物質代謝、被刺激生、成長、生殖、適応、進化などの属性をもっており、それら全体によって無生物と区別されるので、ただ一つの属性によって生物・生命を定義することはできない。また、高度に進化した生物の特徴によって生命を定義すれば、下等な生物は生物ではないことになり、原始的な生物の特徴によって定義すれば、意識現象はもちろん、精神活動、炭酸同化作用、さらに呼吸作用さえも生命概念の内容から抜けおちることになる。生命は、数億年のむかし地球上に出現した原初の生物から生物までの、歴史的に関連する一群の物質系が、全体として無生物と異なる特性である。すべての生命現象は物質代謝がその基礎になっており、物質代謝は究極的には原形質内タンパク質の本性に帰せられる。それゆえ生命は、エンゲルスのいったように<タンパク質の存在の仕方>であるといえる。そして物質代謝はタンパク質の独自の、おのずからの過程であって、生気論考えるように外部からの支配によって生起する過程ではない、機械論は、生命現象を支配する法則は無生物界のそれと根本的に相違するものではなく、物理・科学の法則によって全面的に説明されうるものであるとするものであるが、無生物では分解・化合によって物ではなくなるのにたいし、生物体では物質代謝による絶えざる変化がその存立の根本条件である。また機械論の多くは生物体を複雑精巧な機械と同一視するが、機械では化学変化をするのはエネルギー材料と燃料だけであるのにたいし、生物体では抗生物質が同時にエネルギー材料と燃料だけであるのにたいし、生物体では抗生物質が同時にエネルギー源物質となって変化し、絶えざる自己更新がおこなわれる。生命現象は存続の原理が無生物とまったく異なっており、物理・化学的な法則では律することのできない特有の法則にたがって生起している。