観念論 idealism

最終更新日:2002年05月09日 船戸和弥のホームページ

哲学事典(森 宏一編集、青木書店 1981増補版)から引用:括弧内は参照頁。

 哲学の根本問題に対する答えの一つとして、精神的なもの、非物質的なものを世界の根源とし、物質的なものを二次的とする見解で、唯物論に対立する立場。精神的なもを超自然的な形而上学的実体(神、魂などのように)とみなすものは、唯心論(spiritualism)と同義なものとなり、また事物を、認識する意識の働き(機能)によるものとしてとらえ、世界を意識上の観念としてのみ認める認識論の見方で、精神的なものを何らかの形而上学的実体とは見なさない立場も、観念論に属する。観念論の発生は、階級社会の成立にともない肉体労働と精神労働との分離が生じ、この精神労働による思考が原始社会における宗教的観念を受け継ぐとともに、思考が自然との関連から引き離されて抽象的に行われてくることによる。精神労働をもっぱらにする人間は支配階級に属していたから、そこからはこの階級の利益の見地から見解を仕上げるようになり、社会の変化を望まず、客観的存在のありさまを正しくとらえない態度が生み出されて、観念論者は一般に保守・反動的な世界観を形成するようになる。しかし観念論をこの一面だけで判断するのは誤りで、観念論が物質にたいする精神、存在にたいする意識を基本的とするとき、精神意識の理解の仕方で二大別が生じる。1)客観的観念論。世界の根源を、超自然的で人間の精神異常の客観的な精神的な物とする立場。たとえば、現実の世界を超越し、この世界の原型である真実在世界の原型である真実在たる<イデア(理念)>を立て、これの影として現実の世界をみるプラトン、この考えに通じるヘーゲルの、<絶対的理念>の展開として世界を説明するもの。ヘーゲルの用語では、こうした立場の観念論は<絶対的観念論>とよばれた。2)主観的観念論。人間の意識を出発点とし、客観世界は人間の意識から独立には存在せず、人間の意識にあらわれるかぎりのみその存在認められるとする主張。この見解を徹底させると唯我論になる。そのためにこの見解はこれを回避しようとして、客観的観念論の立場に移りもする。主観的観念論につながるものには不可知論がある。バークリやヒュームはこれらの主張の代表者である。

 現在ではマルクス主義唯物論哲学に対抗する立場として、唯物論と観念論とを乗りこえた、いっそう高い<第三の立場>の主張が普及している。日本の西田哲学や田辺元の哲学でそうであるが、マッハ主義、プラグマティズム、新実証主義、実在主義もまたそうである。これらの本質は主観的概念論にほかならない。現在の客観的観念論の一代表とみなされるのは、新トマス主義である。

哲学事典(森 宏一編集、青木書店 1981増補版)(p. 79)から引用