ヘーゲルHegel, George Wilhelm Friedrich 1770~1831 (425-6)

最終更新日:2002年05月09日 船戸和弥のホームページ

哲学事典(森 宏一編集、青木書店 1981増補版)から引用:括弧内は参照頁。

 ドイツ古典哲学の最大の代表者、客観的観念論者。ブュルテンベルクの官史の家に生まれ、シュトゥッツガルトのギムナジウム、チュービンゲン大学にまなぶ。19歳のとき起こったフランス革命を熱狂的に迎え、プロシアの封建的秩序に対抗したが、のちナポレオンの没落、ヨーロッパ全域にわたる反動化のなかで、彼の思想にも変化をきたした。イェナ、ハイデルベルクなどで教壇にたったのち、1818年以来ベルリン大学教授となり、<プロシア王国の国定哲学の位置にまでまつりあげられた>たと称される(エンゲルス)。かれの哲学思想は、全体として、一方ではドイツのブルジョア革命の前夜の同行を反映しながら他方ではこのブルジョアジーの弱さから旧来の封建制に妥協する保守的反動的な面をも写しだしていた。ここに革命的理論としての弁証法とともに、保守的反動的な立場をしめす観念論をもち、相矛盾した要素がふくまれていた。ヘーゲルは、古代ギリシアのプラトンらの系譜をひく客観的観念論(かれ自身のいう<絶対的観念論>)にたち、かれ以前の哲学説を大規模に総括して独自の哲学をうちたてた。現実の個人から切りはなされた思考とその産物を、いっさいのものの根底ととらえ、この思考の産物である観念・理念が自己を外化したものが自然だとし、この疎外態から自己自身に帰っていく過程が精神の運動であると考えた。ここから、彼の哲学大系は三つの部分に分かれる、すなわち理念そのものの学としての論理学疎外された理念の学としての自然哲学、自己喪失から自己へとかえる理念の学としての精神哲学。こうした観念論的構想のもとで、自然・精神・歴史の全世界が一つの過程として、すなわち不断の運動・変化・発展の状態にとしてとらえ、この運動の内的関連を明らかにしようと努めた。エンゲルスはこの点について<ヘーゲルの体系の偉大な功績>と評価している。マルクスは<弁証法がヘーゲルの手でこうむっている神秘化は、かれが弁証法の一般的な運動形態をはじめて包括的かつ意識的な仕方で叙述したということを、けっして妨げない>と書いた。こうして、このヘーゲル哲学の成果、弁証法は<合理的核心>においてマルクス主義が継承、発展させた。[主著]Phanomenologie des Geistes, 1807(金子訳、精神現象学);Wissenschaft der Logik, 2巻, 1812~16(武市訳、大理論学);Enzyklopadie der phylosophischen Wissenschaften, 1817(この書のうち、松村訳、小理論学。船山訳、精神哲学);Grundlinien der Philosophie des Rechts, 1821 (藤野、赤沢訳、法の哲学)。