第一インタナショナル The First international (287)

最終更新日:2002年05月09日 船戸和弥のホームページ

哲学事典(森 宏一編集、青木書店 1981増補版)から引用:括弧内は参照頁。

 正式の名称は国際労働者協会 (Internationa Workingmen's Association)。1864年9月28日にロンドンで創設。その指導的中心となったのはマルクスであった。この時代は、資本主義が発展・確立されるとともに労働者階級が増大し、搾取と抑圧のなかで生活と権利のためにたたかう労働者組織が各地に生まれ、資本と労働との階級対立が明確になった時代である。それと同時に、社会主義への関心がたかまり、社会変革への要求が強められてき、各種の社会主義理論や集団が出現する一方、マルクスとエンゲルスの科学的社会主義の理論が人びとをとらえていった時代である。このような労働運動、社会主義運動の発展期に、ヨーロッパと北アメリカにまたがる労働者階級の最初の国際的大衆組織として、第一インタナショナルが出現した。
 創設宣言と規約にしめされた原則は、資本家のもとに富が蓄積されていくのに反して、労働者が窮乏化しつつあること、労働者階級の開放は労働者自身の手によってなされねばならず、労働者の全国的・国際的終結が必要であること、労働者階級の闘争はいっさいの階級支配の撤廃を目的にし、経済的開放と政治的闘争を統一すること、等である。第一インタではそのたたかいの課程を通して、多くの重要な問題に関する討論や議決がなされ、そのなかには、労働時間の短縮・婦人および年少労働者の問題・労働組合や協同組合や国際的信用機関の設立・戦争や民族問題・労働者の政治権力・党、等々の問題があった。マルクス、エンゲルスは、このようなたたかいのなかで、また未熟な各国の労働者や初期の種々の労働者組織を共同行動に引きいれながら、さまざまの非プロレタリア的・非科学的社会主義を批判し克服し、労働者階級のなかにマルクス主義をひろめ、労働運動と科学的社会主義との結合を大きく前進させた。正しくない社会主義に数えられるものには、種々なかたちの空想的社会主義・急進的ブルジョア共和主義・右翼労働組合主義・ブルードンの小ブルジョア社会主義・ラッセールの国家社会主義、またバクーニンの無政府主義などがあった。第一インタは、労働運動と社会主義運動の出発の時代に、その歴史的任務を基本的に果たしていったが、パリ・コンミューン(1871)の敗北後の情勢のもとで、1872年9月、総評議会の所在地をアメリカのニューヨークに移すことを決定し、ついで1876年7月に解散した。