感情feeling (73-4)

最終更新日:2002年05月09日 船戸和弥のホームページ

哲学事典(森 宏一編集、青木書店 1981増補版)から引用:括弧内は参照頁。

 感情は、人間が周囲の世界、外界のさまざまな現象、他の人びと・かれらの行動、そしてまた自己自身にかんして、反応する心的状態であって、実在する周囲のものごとにたいする精神活動の特殊な形態である。それは社会のなかで形づくられ、人間のふるまい、実践活動や認識活動で大きな役割を演じる。感情には種々な陰影・調子があて複雑であるが、それはまず快と不快とに分けられる。さらに持続の短い感情は情動(または情緒、emotion)とよばれ、よろこび・悲しみなどがそれにあてられる。情動は、人間の活動の成功や不成功、自己の必要に一致するか不一致かの支持をする役をし、人間の活動成功や不成功、自己の必要に一致する不一致化の支持をする役をし、人間の活動を統制する働きをする。満足(よろこびなど)をもたらすときは、情動は積極的・活動的で活気に満ちた活動を促進し、不満(悲しみなど)の場合には、消極的で不活発さをつくりだす。さらに気分(mood)としてもあらわれ、これは長く持続的な感情で人々の行動や思想に一定の色調をあたえる。情念(または激情、passion)とよばれるものは、強くて持続的な感情である。また高度な感情として、義務感や名誉心というような道徳的感情、探求する問題の解決からくる知的満足感、あるいは、美しいものについての美的感情などがある。情操(sentiment)といわれているのには、その規定が一定しておらず、あるいは道徳的・知的・美的の感情、あるいは愛・憎・尊敬・軽蔑といった情動と同一視される。
 哲学史では、感情はすくなからぬ役割をしている。プラトンはイデアにたいする愛(エロス)を時、ストア派は感情にみだされない状態、アパテイア(アパシー、apathy)を奨励した。近代、デカルトはほとんど唯物論的に感情の説明をしており、これをうけたスピノザは外部に動かされる感情からの脱却を探求するとともに<神にたいする知的愛>を高く評価した。18世紀のへーゲルでは、感情が歴史を動かす力であることをみとめている。また19世紀はじめにドイツの哲学者ヤコービ(Friedrich Heinrich Jacobi, 1973~1819)は啓蒙的合理論や官途哲学に反対し、これを悲観して非合理主義の感情哲学(または進行哲学ともいう)を唱えた。道徳説にも、快・不快の感情で善と悪とを規定する感情道徳説は古くからあらわれている(快楽主義、功利主義)。日本で感情を重視する思想には、たとえば本居宣長の<もののあられ>論があげられよう。マルクス主義は、レーニンの言葉がしめすように、すなわち人間の感情がなければ、真理にたいする人間のどんな研究もなかったし、ありえないとし、これからのちもないであろうと示しているように、感情を一面的にはとりあげないが、その意義を軽んじない。