本質essence (446-7)

最終更新日:2002年05月09日 船戸和弥のホームページ

哲学事典(森 宏一編集、青木書店 1981増補版)から引用:括弧内は参照頁。

 一般的にいえば、ある事物をそのものたらしめるそれに固有の性質のことで、偶然的にその事実に認められて、そこに見いだされたり、見い出されなかったりする性質から区別される。こうした本質の理解にはつぎのようなとらえ方がある。まず、この固有なものは現に存在する個物としての事物が、その外から普遍的なものによって一定の性質をもつ個物としてあり得るのだとし、この普遍的なものが本質だとされる。たとえば、プラトンの<イデア>のごときものである。そこで、本質は、現に存在するものという意味での実在(existence)に対立するものとなる。このことはまた、現に存在して現れているもに対する、すなわち現象に対する本質ということともみられる。本質は、このようにいくつかの面からとらえられるが、偶然的な性質をももちながら個物として現に存在する事物、つまり現象は、実は、そのそとにではなく、そのもの自体のうちに、その事物をそのようにあらしめているもの、すなわち本質があるとみるのが、唯物論の見地であり、これは、本質は本質は現象においてしめされ、現象を通じて本質が認識されるものとみる。しかも、客観的に存在する現象を通してそのなかにふくまれる本質の認識は、この認識の発展にともなってしだいに深くひそむ本質をと明らかにしていく。この意味で本質の認識も発展するものであり、本質を固定的にとらえることはできない。