経験論empiricism (112-3)

最終更新日:2002年05月09日 船戸和弥のホームページ

哲学事典(森 宏一編集、青木書店 1981増補版)から引用:括弧内は参照頁。

 認識の拠りどころを経験におく認識論の立場。しかし経験の解釈のちがいから唯物論的認識論と観念論的認識論の相違が生じる(→経験)。唯物論にたつ経験論は、古代ギリシアの自然哲学者たち、すなわちタレス以下のひとびとによって説かれたが、近代になって資本主義の生成・発展にともない経験科学の発展がみられ、そこから経験にもとづく科学的認識の成立にかんする哲学的考察がもとめられてきた。17~18世紀のイギリスにおけるF.ベーコン、ロックなどがこの立場を代表し、唯物論的経験論を展開した。18世紀のフランス唯物論はそれを継承している。しかしロックの見解には唯物論としては不徹底なところがあり(外的感覚によるのと、内省によるものとの経験や差別や第一性質・第二性質という認識上の区別)、そこからバークリの主観的観念論やニュームの不可知論という観念論の認識論を生み出した。他方、ヨーロッパ大陸では、イギリスと異なる歴史的条件のもとに合理論の認知論がデカルト、スピノザ、ライプニッツらによって説かれた。18世紀後半にカントが認識論上のこれらイギリスおよび大陸の両立場を統一する試みをおこなったが、これは結局のところ、主観的観念論ないしは不可知論の立場をもたらすものであった。19世紀には観念論の傾向にたつ経験論として実証主義があらわれ、これは20世紀以後も継承されており、この間にマッハ主義、プラグマティズム、論理実証主義を生み出している。唯物論の立場による唯物論は、マルクス主義の認識論によって生かされて、それまでのようなたちばの狭さから脱却して、単に経験を介して眺める立場だけでとらえるもの異なって、実践の見地をとりえれ、それと同時に感覚による経験と考察によるそれの下行との関係を明らかにすることで、経験論と合理論の立場を解消することとなった。