自然弁証法dialectics of nature (177-8)

最終更新日:2002年05月09日 船戸和弥のホームページ

哲学事典(森 宏一編集、青木書店 1981増補版)から引用:括弧内は参照頁。

 自然界の運動、変化発展の一般的な法則としての弁証法を意味し、自然に対する唯物論的で弁証法的な見解。それによれば、自然界には絶対不変のものはなにひとつなく、すべては生成・消滅の過程にあり、自然は各種の運動形態が相ついで生起する歴史的過程であり、それらは互いに関連しあい移行しあいながら、統一的な世界を形成しているとする。近代の自然科学は、各分野にわたってひじょうな発達をとげ、またカントーラプラス説をはじめとして、エネルギー保存の法則、生物進化論などがあらわれて、19世紀後半には、自然科学の発達そのものによって統一的な弁証法的な自然観に到達することができるまでになっていた。しかし形而上学的な哲学の強い支配に妨げられて、自然はその本性において不変のものであり、ただ繰り返しが行われるだけで歴史的な発展がなく、全体としては永久に同じ姿のものであると信じられ、そのため各種の運動形態の関連が把握できず、すべてが個々ばらばらな、そして固定的なものとして理解されていた。エンゲルスは、弁証法的唯物論の哲学を自然科学に適用することによって、このような事態が打開できることを、当時の自然科学の達成に即して具体的にしめした。その体系的な記述の試みは《反デューリング論》(1878)にもしめされているが、まだ十分な形では果たされず準備のために書かれていた覚え書や断片が、死後(1925)に《弁証法と自然》として公刊され、自然弁証法という言葉が前述のような意味でひろく用いられるようになった。エンゲルスは、ヘーゲルが精神の自己運動による発展理論として展開した弁証法を、物質の自己運動による発展の理論としてとらえなおし、自然科学の成果に基づいて自然の領域におしひろげ、弁証法的唯物論の自然観を完成したのである。エンゲルスは<弁証法の法則を構成して自然の中にもちこむことが問題であるのではなく、この法則を自然のなかに発見し、そこから展開することが問題なのである>と言うことを繰り返し注意して、この新しい自然観は、自然哲学に代わるものではなく、自然哲学は命脈を断ったのだということを強調している。この自然観はレーニンによって、その《唯物論と経験批判論》(1909)でふかめられ発展させられている。