デモクリトスDemokrtos 前およそ460―370 (325)

最終更新日:2002年05月09日 船戸和弥のホームページ

哲学事典(森 宏一編集、青木書店 1981増補版)から引用:括弧内は参照頁。

 古代ギリシアの唯物論哲学者。ほど同時代のプラトンの概念論に対立した。トラキアの年アブデラの出身で、ひろく東方を旅行し、また、百科全書的な博学者貴全然5世紀前半のペルシア戦争の勝利後、アテネをはじめギリシア諸年には民主制が普及したが、この時にあたってかれは<民主制下の貧困は王制下の平安にまさる>といって終始、民主制の側にたっていた。その哲学では、レウキャボスの原始論をつぎ、アナクサゴラスにみられる多元的元素の質的差異という考えをすて、質的に同一かつ不可分、不変な自立性をもつ究極的な物質の単位を<アトマ(atoma,原子)>とび、アトマは形、配列、位置によってたがいに区別されるだけで、のちの物理学上の<原子>にあっている。他方でエレア派が否定した<空虚>の客観的実在を否定し、この空虚のなかを運動し結合または分離するアトマにもとづいて万物、人間精神や社会状態も含めて、すべてがなりたつとみた。このさい、アトマの運動は因果性に従う機械的必然的なものとして自然の合法性をみとめたのであるが、これは宿命的決定論をもみちびきたした。認識論では原子論の立場にしたがって、色や味などは物自体の性質ではなくてアトマが感官におよぼす主観的表象にほかならず、客観世界には<アトマと空虚があるのみ>で、感覚的認識をこえてこのような心理をとらえるのは理性的認識であるとした。かれは唯物論の立場から霊魂の不滅を否定し、無神論にたっていた。