存在being (284)

最終更新日: 2002年05月09日 船戸和弥のホームページ

哲学事典(森 宏一編集、青木書店 1981増補版)から引用:括弧内は参照頁。

 有ともいう。あると言うことを一般的にしめすところの、もっとも抽象的で広い概念であって、これは個々のものから抽象して一般的な類概念として出来るのではなく、すべてどの様なものであれ、ある者をいうのであるから、まったく無規定的な抽象的な概念だということになる。したがって、それは、もっと規定され探求された意味をもつ実在・人間存在・弁証法的唯物論は、まず存在ということによって客観的世界、物質をしめすと考える。世界が物質的なものだということと、世界が存在するということは同一のことであって、観念論者が主張するように、物質にさきだち、それとは独立に存在するものがあると考えたり、また、存在は意識によってつくられるのだという考えを、しりぞける。同時に、存在はたんに客観的だというだけにとどまらず、存在が第一次的で、意識は副次的だということを強調する。そうでないと、客観的に存在するというだけでは、精神的存在(神のような)として立てられるものもみとめられてくるからである。つまり、客観的世界とは物質であり、これが根元的な意味で存在だというのである。したがって、精神的存在は、それから後で生ずる所産(副次的存在)である。もっとも、このようにいうことは、意識・精神活動がたんに消極的なものにすぎず、能動性を欠いていることを主張するのではない。