不可知論agnosticism (402)

最終更新日: 2002年05月09日 船戸和弥のホームページ

哲学事典(森 宏一編集、青木書店 1981増補版)から引用:括弧内は参照頁。

 世界の認識可能性を否認して、人間は意志から独立した客観的実在については、なにひとつ確実なことは知りえないとする反唯物論的主張。近代における代表者は、ヒュームとカントで、両人の見解は不可知論の二つの型をしめしている。ヒュームは、人間の認識がもっぱら印象と観念だけでなりたっている以上、それの外に客観的実在があるかどうか知るわけにはいかない、とする。弁証法的唯物論はこうした不可知論を実践の見識にたって反駁する。ヒューム型にたいしては、<プディングが存在することの証明は、食うことのうちにある>と主張し、カントが型にたいしては、人間がある認識にしたがって<ある自然現象を自分自身でつくりだす>ことの成功してしまえば、この認識が主観的な思いこみなどではなくて当の現象についての客観的認識であることが証明されたことになる、と主張するのである。現代のブルジョア哲学もひきつづき不可知論の立場に立っているが、自然の認識可能性を疑ってみせることはさすがにまれで、ねらいはもっぱら、資本主義から社会主義への世界的規模における移行という現代史の基本的発展法則の存在と、その認識可能性を否認することにおかれている。