Rauber Kopsch Band2. 77

S. 635

IV. 平衡および聴覚器Organon status et auditus, Raum-und Gehörorgan

まえがき

 いわゆる聴覚器Gehörogranには2つの大きな役目がある.それは身体の平衡を保つことと,音を聞くことである.

構成

 平衡覚と聴覚の刺激を感受する部分は体表面の皮膚とくに表皮の1領域が,奥深いところへ落ちこんで生じたものであって,これに第8脳神経の線維群がきて終わっている.その表皮の1片というのは,ここへ来ている神経の大きさにくらべれば著しく小さいのであって,もともと小脳と延髄の境のところにあるが,すでに胎生の早期に頭部の表皮の下へ落ちこんで簡単な西洋ナシの形をした小胞をなし,まもなく他の表皮の部分とのつながりを完全に失ってしまう.ついでこの小胞は一連の発生過程によって形を変えて,のちには図665で示すような複雑な完成型に達する.この器官の内部には内リンパとよばれる液体がはいっている.この器官の壁は,発生のおこりをなした上皮がさらに発達していったものにほかならない.外皮の場合と同様に結合組織性の要素がこの上皮に付着していて,これが器官全体を支持すると同時に,脈管や神経を導いている.この器官はその複雑な形のために膜迷路とよばれる.その後部は平衡覚にあずかり,前部は聴覚器に属する.

 膜迷路は側頭骨の錐体乳突部のなかの骨迷路におさまっている.骨迷路は膜迷路と似た形ではあるが,それより大きくて,いくらか簡単な形をした骨室である.膜迷路のうちの小さい1部分だけが骨迷路からはみだしている.それは内リンパ嚢Saccus endolymphaceusすなわち迷路陥凹Recessus labyrinthiであって,脊椎動物の中にはこの部分が強く形成ざれて,頭蓋腔および脊柱管のかなり広い場所をみたしているものが少くない.

 これら両部分からなる迷路はまた内耳とよばれるが,その外側にはいっそう大きい第2の嚢がある.これは頭腸Kopfdarmに属する広い粘膜嚢であって,それの一端は生涯を通じて咽頭腔に開口しているのに対し,他端はひろくなって行きづまりの嚢を形成している.この構造の全体がすなわち耳管鼓室嚢Tuben-Paukensäckchenであって,一種の腸管憩室という意味のものである.出生後しばらくのうちに耳管鼓室嚢は鼻腔と咽頭腔から流れこむ空気をとり入れる.空気をふくむようになったこの部屋が鼓室であって,耳管によって咽頭腔に開いている.鼓室と耳管とを一緒にして中耳という.その位置的関係については図666がはっきりと示している.この図では耳管を切り開いてあって,それが露出された鼓室(骨迷路の外側にある)に続いている.鼓室小骨は一見鼓室の内部にあるようであるが,実は鼓室の中へ突出しているだけであって,やはり鼓室の粘膜で被われているのである.3つの鼓室小骨は鰓弓の骨格に属するものである.

 鼓室の外側壁に向かって頭の壁の外面からはじまる立派な管がやってきて相接する.この管が外耳道である.外耳道の外側端には音をとりこむ盃状の耳介がついており,両者が一緒になって外耳とよぼれるロート状の器官をつくっている.外耳と中耳の内腔をたがいに隔てている薄い板が鼓膜であって,これは頭の壁の一部がはなはだうすくなったものにほかならない.内耳が第8脳神経の分布をうけるのに対して,外耳と中耳は音波をうけ入れて伝導し,これを内耳へ送りとどけるという大事な仕事を受けもつのである.

[図665]膜迷路とそれに神経の終末が存在する場所(模型図)×2

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I. 聴覚器の補助装置

A. 外耳Auris externa, äußeres Ohr

外耳は次のものからなる:

 1. 頭の側面に突出している部分すなわち耳介Auriculaと,

 2. そこから始まって鼓膜Membrana tympariiによって内側端をとざされている外耳道Meatus acusticus externus.

1. 耳介Auricula, Ohrmuschel(図667~669)

 形:耳介は耳介軟骨Cartilago auriculaeというかなりの広さをもつ軟骨板で支えられた皮膚のひだである.だいたい貝殻または中空の円錐のかたちで,外耳道の入口を塁壁のように囲んでいるが,その前縁だけに切れこみがある.

 耳介の外面(後面)は全体としては凸,内面(前面)は凹であるが,両面ともに特別な高まりやくぼみがいくつかある.耳介の長さは5~7cm,幅は3~3.5cmである.(日本人での計測値もこの範囲にはいる.しかしアイヌではヨーロッパ人や日本人よりかなり耳が長い(相貌学でいう耳長が大きい).また耳介は成人後にも成長をつづけることが興味ふかい.宮嶋巍,日耳鼻42(1936),山本三男,金沢解剖業績42(1952).増川允通,谷口編:人類学人類遺伝学体質学論丈集25(1956)など.)頭に対する付きぐあいも個体によっていろいろに違っている.つまり頭からの離れぐあいや長軸の方向がさまざまである.

 耳介の縁はその全長の大部分がへこんだ内面の方へ巻きこんでいる.かくして耳介の上部3/4をとり囲む隆起が生じ,これを耳輪Helixという.耳輪が外耳孔の上ではじまる部分は耳輪脚Crus helicisとよばれる.耳輪の内側には対輪Anthelixというもう1つの高まりがある.これは外耳孔の上方で対輪脚Crura anthelicisという2脚をもってはじまり,両脚は短い距離だけ走ってから相合して対輪をつくるのである.耳介の前縁には外耳孔を前から不完全に被って後方へ伸びる突起がある.これが耳珠Tragusである.そのうしろには下方の珠間切痕Incisura intertragicaという深い切れこみによって耳珠からへだてられた1つの突起が,下後方から前上方へ伸びている.これが対珠Antitragusであって,対輪が上の方から伸びてきてこれに続く.耳介をなす皮膚のひだは対珠と珠間切痕より下方では軟骨の支柱をもたず,脂肪組織を含んでいるだけである.外耳のこの部分を耳垂Lobulus auriculaeという.耳垂はその基部の後部だけが軟骨の支柱をもっている.それは耳介軟骨の細い1突起である耳輪尾Cauda helicisがここに含まれるのである.

 耳輪と対輪とのあいだには耳介縁に平行して弯曲して走る1本の溝があり,舟状窩Scaphaとよばれる.この溝は上前方で両対輪脚のあいだのさらに広い溝につづいている.この溝を三角窩Fossa triangularisという.対輪と耳珠に囲まれて,耳甲介Concha auriculaeという耳介で最大のくぼみがひろがっている.このくぼみは耳輪脚によって小さい上部と,大きい下部に分けられる.上部は耳甲介艇Cymba conchae,下部は耳甲介腔Cavum conchaeとよばれる.また顔の外側面から耳輪と耳珠のあいだを通って耳甲介腔にいたる溝は輪珠溝Sulcus helicotragicusとよばれる.あたまの方に向かっている耳介の外面(後面)では,内面(前面)でのへこみが高まりとして現われている.従ってここでは舟状窩隆起Eminentia scaphae,三角窩隆起Eminentia fossae triangularis,甲介隆起Eminentia conchaeが区別される.これに反して対輪には対輪窩Fossa anthelicisが対応し,これはやはり2脚に分れている.そのうちの下方の脚は横対輪溝Sulcus anthelicis transversusとよばれる.

 耳輪の自由縁はすこし巻きこんで,その端がうすくなっている.そしてここに突出や切れ目がみられることが珍しくない.とくに興味深いのは[ダーウィンの]耳介結節Tuberculum auriculae[Darwini]とよばれる突出であって,これは耳輪の下行部の上部に見いだされ,とがった耳をもつ哺乳動物では,正にその耳の先端のところにこの耳介結節が当るのである.ヒトの耳でも耳輪の形成が不完全なときには,ダーウィン結節が後方へ突出していることがある.

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[図666](左の)聴覚器の概観図(4/3)

[図667](左の)耳介の外側(前)面(×1)

v

[図668]ダーウィンの耳介結節がよく発達して前方へ巻きこんでいる場合

[図669]ダーウィンの耳介尖が巻きこんでおらず耳輪の下行部も巻いていない場合

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これを(ダーウィンの)耳介尖Apex auriculae[Darwini]という.このような諸例は“ダーウィンの尖り耳Darwinsches Spitzohr"という名で知られ,上に述べたことから祖先がえりatavistische Bildungであると考えられる(図668, 669).

 耳珠が2つの結節からできていることが稀でない.その場合,下方の大きい方の結節が狭義の耳珠で,上方の小さい方のは珠上結節Tuberculum supratragicumとよばれる.

 変異:耳輪が後部で,あるいは上部までも巻きこんでいないことがある.(つまり耳輪が完全または不完全にその巻きをもどした型である.)耳輪脚は対輪と合流していることがあるかと思えば,また2つか3つの枝に分れていることもある.対輪は非常に小さいことがあり,全く存左しないこともある.後方の対輪脚は欠けることもあり,重複することもある.耳珠と対珠は小さくなっていることや存在しないことがある.耳垂は非常に小さいことや非常に大きいことがあり,その前縁が顔面から離れていることもあり,くつづいている(sessil--固着した,不動の)こともある.また1本の溝が耳垂を前後の両部に分けていることがある.(日本人のダーウィンの結節と耳垂の形態については,豊田文一ほかの文献がある.日耳鼻46巻11号,1940.)

 耳介の構成部分は皮膚・耳介軟骨・耳介靱帯・耳介に固有の小筋群である.

a)皮膚

 耳介の皮膚は耳介軟骨とそれに付着する諸筋とを被い,後面を除いてほこれらとかたく付いている.脂肪は所によって全くないか,あるいはわずかに存在する程度であるが,耳垂だけには皮下に脂肪組織が発達している.耳介の皮膚にはところどころに汗腺が散在し,小さい脂腺がたくさんある.脂腺は耳甲介と三角窩でとくに密集し,大きさもかなりなものとなっている.これに反して突出部では脂腺の発達が弱い.外耳孔のまわりには耳毛(みみげ)Tragiがはえている.これは繊細で短いが,年をとった人ではかたくて太い.眉毛・眼瞼縁の随毛・口のまわりや鼻孔の毛などと同じような保護器官と考えられる.耳珠のところではしばしばかなりの長さに達してしかも密生し,いわゆる耳珠ひげBarbula tragiをなしていることがある.外耳孔の毛は外耳道の毛と直接につづいており,後者もまた同じ意味のものである.

 耳介の脈管:後耳介動脈A. retroauricularisはとくに耳介の後面に枝分れするが,耳介縁をまわったり軟骨を貫いたりして耳介の前面にも枝を送る.しかし前面にはそのほかになお浅側頭動脈の耳介前枝Rr. praeauricularesが来ている,また後面にはたいてい後頭動脈A. occipitalisからの小枝も来ている.静脈は動脈に伴なって走り,側頭静脈と顔面静脈に注ぐ.リンパ管については第I巻698頁を参照されたい.

 耳介の神経:頚神経叢の大耳介神経N. auricularis magnusが耳介の後面の大部分を支配し,後耳介動脈の枝とともに細い枝を耳介の前面へ送る.顔面神経の後耳介神経N. retroauricularisは迷走神経の耳介枝R. auricularis n. vagiと結合して項耳筋・耳介横筋・耳介斜筋・対珠筋に枝をあたえる.また耳介側頭神経N. auriculotemporalisはその耳介枝を耳介の前壁に送っている.

b)耳軟骨Ohrknorpel(図670~672)

 耳軟骨は耳介軟骨Cartilago auriculae, Mecschelknorpelと耳管軟骨Cartilago meatus acustici externiとからなり,前者の方が後者より大きい.そして両者は耳軟骨峡Isthmus cartilaginis aurisでたがいに合同している.耳介の骨ぐみをつくている耳介軟骨は全体としてみると耳介とほぼ同じ形をしており,耳介に見られる通りの高まりやへこみをもっているが,たず下方へのひろがり方が足りない.そのほか耳介軟骨の形には皮膚で被われた外面に現われていない特徴が2, 3ある.

 耳珠の上前方に,耳輪脚から耳輪の上行部への移行部に当たって,耳介軟骨に1つのとがった突起がでており,耳輪棘Spina helicisとよばれる.また耳輪の下端部は1つのきれこみによって対珠から分けられて,そのため耳輪の突起ともいえる状態を呈している.これが耳輪尾Cauda helicisで,耳垂の基部の支えをなしている.

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耳甲介が2つの部分で高まっているために,そのあいだにあるへこみが耳輪脚溝Sulcus cruris helicisとよばれる.その位置が耳輪脚のところに当るからである.

 耳輪の初まりの部分と外耳道軟骨の後壁とのあいだに1つの深いきれこみがある.これが[耳の]分界切痕Incisura terminalis aurisである.この切痕の底と珠間切痕の底のあいだに耳軟骨のtsthmusがある.耳軟骨のうちで耳珠にあたる部分は耳珠板Lamina tragiとよばれ,これはもう外耳道軟骨に属する.

[図670, 671]左の耳の耳介軟骨(9/10)

図670は内(前)面,図671は外(後)面

[図672]左の耳の外耳道軟骨 前から(9/10)

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耳輪の下端と対珠とのあいだには対珠耳輪裂Fissura antitragohelicinaという鉛直の裂け目がはいりこんでいる.その深さは個体によってさまざまであって,これが耳輪の下端部を耳輪尾Cauda helicisとして分離している.

 外耳道軟骨は耳介軟骨とともに耳軟骨をつくるもので,すでに述べた耳軟骨峡によって耳介軟骨とつながる.しかし閉じた軟骨管をなしているのではなく,軟骨とい性外耳道の下壁と前壁を占める樋をなしているのである.樋のかたちに反つたこの外耳道軟骨の外側端のかどが耳珠をつくっている.外耳道軟骨には2ヵ所に窓のような裂け目があって,外耳道軟骨孔Foramina cartilaginis meatus acustici externiとよばれる.そのうち外側の大きい方の裂隙は外耳道の前壁にあり,内側の小さい方のは下壁にある.外耳道軟骨は側頭骨の外耳孔Porus acusticus externusの粗面と結合している,自然の位置では上方に向かって開いた樋のかたちであって,そこを弾性線維性の組織が閉じている.

 耳軟骨のいくつかの定まった場所に小さい軟骨島Knorpelinselnがある.これは軟骨膜によって耳軟骨と結合する小軟骨であって,ふつうは耳輪の下行部の自由縁にある.その最大のものはダーウィシの耳介結節に相当して存雄する.--耳軟骨はかなり多数の血管孔によって貫かれている.とくにそれは耳輪と珠間切痕のところに多い.--耳軟骨の厚さは場所によってまちまちで,0.9~2.8mmのあいだを変動するが,平均して2mmである.耳軟骨は組織学的には弾性軟骨に属するが,若干の場所では線維軟骨の性状をもつ.耳軟骨はその固さから推して当然外耳の形態を決定する要素であるようにみえるが,実は逆にこの方が決定されるものなのである.そのわけはまだ軟骨の痕跡すら耳介の内部にないときに,すでに主な皮膚のひだはすっかり出来上つているのである.

c)耳介の靱帯

 耳介は皮膚によって,また耳介軟骨と外耳道軟骨の結合によって,さらに弾性線維をふくむいくつかの丈夫な靱帯によって頭にしっかり付けられている.

 耳介靱帯Ligg. auriculariaは側頭骨の頬骨突起・側頭筋膜・乳様突起から起こって耳軟骨の軟骨膜に付着する.この結合はあまり固くはないので,耳介が耳介筋Mm. auricularesによっていろいろな方向に動かされうる.また耳介の諸筋が同時にはたらくと,耳介の内腔をひうげることはほとんどできないにしても,少くとも耳介を緊張させることはできるのである(図673).

d)耳介の筋(図673, 674)

 耳介には多数の筋があり,これには大耳介筋と小耳介筋とが分けられる.前者は耳介の付近から起り,後者は耳介そのものから起こっている.

 大耳介筋は筋学のところで述べた(第I巻410頁).

 小耳介筋にはおよび小耳輪筋M. helicis major, minor,耳珠筋M. tragicus,対珠筋M. antitragicus,耳介横筋M. transversus auriculae,耳介斜筋M. obliquus auriculae がある.なおそのほかに存在の不定ないくつかの筋がある:耳輪切痕筋 M. incisurae helicis,耳介錐体筋M. pyramidalis auriculae,茎突耳介筋M. styloauriculalis(図673, 674).

a)大耳輪筋は耳輪棘から起こって耳輪の前縁に沿って上行し,ついで弓状に方向を転じて外(後)面にある三角窩隆起についている.

b)小耳輪筋は耳輪脚にのっていて大耳輪筋のはじまる高さで,一部は軟骨の自由縁に,一部は皮膚に終わっている.大小の両耳輪筋は同一の筋原基が2つに分れたものである.

c)耳介斜筋は程度の差はあるがかなり貧弱な,平たくて短い1群の筋束よりなり,三角窩隆起と甲介隆起とのあいだに張っている.この筋は耳介横筋の一部がはなれているものとみられ,これと一緒になっていることもある.

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[図673]左の耳介の内(前)面の筋(9/10)

[図674]左の耳介の外(後)面の筋(9/10)

d)耳介横筋は鉛直堤Agger perpendicularisの上端から耳輪尾のつけ根までのびる長い線をなして甲介隆起から起る.筋束は短いがその数は多くて,対輪窩を橋わたしして舟状窩隆起に付く.この筋は耳輪を耳甲介に近づける.

e)対珠筋は対輪の外面と耳輪尾とのあいだにあって,珠間切痕にまでのびていることがある.交叉する2部分からなることも珍しくない.少数の筋束が耳輪尾の先端に達して耳輪尾筋M. caudae helicisというべきものをなしていることがある.

f)耳珠筋M. tragicusは耳珠の外側面にあって,発生学的に対珠筋と密接な関係にある.上行・矢状・前額の各方向に走る線維束からなり,上行する線維が最もよく発達している.

g)耳介錐体筋M. pyramidalis auriculaeはまれに出現する筋束で,耳珠筋から分れて耳輪棘にいたる.

h)耳輪切痕筋M. incisurae helicisは耳珠筋の系統に属する存在不定の筋で,矢状方向および鉛直方向の線維からなる.矢状方向の線維は軟骨性外耳道の内面から起り,外耳道軟骨の外側のすきまを通って横走し,耳珠の外側面にいたり皮膚に終る.

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この筋と交叉する上行線維群が切痕の軟骨縁から起こって耳珠筋の線維にむかつてすすみ,たいていのばあい裂隙をかこむ耳珠縁のところで軟骨膜に終わっている.

i)茎突耳介筋M. styloauricularisは茎状突起から起り,この突起の外面に沿ってまっすぐ上方へのぼり,放射状の腱をもって鉛直堤の下方につく.

 耳介筋には顔面神経から枝が来ている,この神経の分枝をFujitaが非常にこまかく記載している(Anat. Anz., 78. Bd.,1934).

2. 外耳道Meatus acusticus externus, äußerer Gehörgang(図666, 672674)

 外耳道は耳甲介腔の底から鼓膜にまでのび,軟骨性の部分と骨性の部分とからなる.軟骨性の外耳道Meatus acusticus externus cartilagineusは耳介からすぐ内方へつづく部分で,外耳道の長さの約1/3を占め,骨性の外耳道が残りの2/3を占める.

 外耳道は内方へすすむあいだに角をなして前方へまがる.これは水平断してみると最もよくわかる.これに対して前額断(図666)でみると外耳道は上方に凸の円蓋をなしてまがっている.この円蓋の頂は,前方への最も強い弯曲点(前述)よりいっそう内方にある.すなわち後者は外耳道の軟骨性の部分に,前者は骨性の部分に属するのである.鼓膜は前にも述べたように斜めの方向に外耳道を閉じている.鼓膜はその方向を延長すると頭蓋の正中面のところで上後方に開いた角をなすのである.

 外耳道の長さはv. Tröltschによれば直線距離にして前壁2.7cm,下壁2.6cm,後壁2.2cm,上壁2.1cmである.(松島によれば日本人でもこの数値はほとんどちがわない.詳しくは岩田惣七, 東京帝夫医学部紀要11,1914. 松島伯一,医学研究4巻6号,1929を参照されたい.)ただしこのさい耳珠を前壁の限界としないで,外耳道の後壁の限界をとおる矢状面をもって外耳道の外方端と考えて計測の基準にしたのである.

 外耳道の広さは中央のところすなわち骨性管のはじまりの部分が最も狭い.横断の直径が最も大きいのは入口のところで8~9mmあり,奥の方では6~7mmである.やはりかなり著しい個体差がみられる.

 外耳道の軟骨については640頁を参照されたい.

 骨性外耳道はその鉛直断が卵円形であって,外方の部分では卵円形の長軸が上下の方向にあり,内方部では斜めに向いている謂骨性外耳道は斜めに内前方へ走っている(図666).その壁をなしているのは主として側頭骨の鼓室部であるが,上方の小部分は側頭骨の鱗部がその境をしている.骨性外耳道は鼓室輪溝Sulcus anuli tympaniciという1つの溝で終わっており,この溝に鼓膜が付いている,全周のうち上部にだけこゐ溝が欠けており,そこには鼓膜切痕Incisura tympanicaという側頭鱗の切れこみがある.

 外耳道はうすい軟骨膜と骨膜のほか,さらに皮膚のつづきによって被われている.皮膚は鼓膜に近づくほど薄くやわらかくなり,骨膜とかたく結合している.この皮膚のつづきは鼓膜の表面に移行してその外方の層をつくっている.

 外耳道の軟骨性の部分と骨性の部分とは,軟骨性の管のひろくなった端と外耳孔の粗な外方縁とのあいだにある硬い線維塊によって結合されている.この靱帯(外耳道輪状靱帯Lig. anulare meatus acustici externi)は硬いながらも,やはり軟骨部と骨部のあいだに多少の運動性をゆるしている(図672).

 外耳道の皮膚は厚い扁平上皮をもっている.入口のところでは毛が生えていることはすでに述べたが,これは軟骨性外耳道の全部にひろがっている.骨性の部分では毛が小さく少なくなって,ついには全くなくなってしまう.外耳道においても毛は脂腺をもっているが,そのほかに耳道腺Glandulae ceruminosae, Ohrschmalzdrüsenという管状の腺がたくさん存在する.

 耳道腺の最も大きいものは軟骨性外耳道にあるが,小さいものは外耳道の奥にまでひろがっている.

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それは0.5~1mmの大きさの球状または卵円形の糸球であって,皮下の脂肪組織のなかで表面から2mmまでのところに存在する.腺管のまがりは少くて,子供ではこれが毛包内に開口し,大人では毛包のすぐそばで表面に開く.導管は多層の上皮細胞によって被われる.糸球をつくる管じしんは広くて,低い円柱上皮の1層の腺細胞をもち,これに平滑筋線維が接し,その外側には立派な基底膜がある.腺細胞は多くの色素粒子と脂肪滴をふくみ,しばしば明瞭な小皮縁をもっている.

 耳脂(耳垢)Cerumen, Ohrschmalzは脂肪をふくんだ半流動性の黄色い苦い分泌物で,主として耳道腺から産出され,色素粒子や脂肪滴のほか,脂肪の充満した細胞さえもふくんでいる.この細胞はおそらく脂腺からでてきたものであろう.

 脈管と神経:外耳道の動脈は後耳介動脈・顎動脈・浅側頭動脈から来る.静脈はとくに下耳介静脈に注ぐ.神経は耳介側頭神経N. auriculotemporalisの枝(外耳道神経N. meatus acustici externi)と迷走神経の耳介枝R,auricularis n. vagiから来ている.

3. 鼓膜Membrana tympani, Trommelfell (図666, 675677)

 鼓膜は円形に近いが,やや楕円というべき形の円盤で直径は後上方から前下方へ10~11mmあるが,これと直角の方向には9mmしかない.(松島伯一によれば日本人の鼓膜は長さ9.4mm,幅8.4mmである.医学研究4巻6号,1929. )

 鼓膜の厚さは約0.1mmしかないが,かなりの剛性をもっており,水銀柱100cm以上の圧力にも耐えることができる.これに反して弾性は非常に小さい.鼓膜はほとんど伸展不能であり,自然の位置においても強い弾性緊張の状態にあるわけではない.生体における鼓膜の色は煙のような, または中間調の灰色である.半透明で,やわらかな輝きをもっている.死体では表皮層が膨化して濁るために輝きと透明性が失われる.

 鼓膜の縁は鼓膜縁Limbus membranae tympaniとよばれ,全周の大部分が線維軟骨輪Anulus fibrocartilagineusによって側頭骨鼓室部の鼓室輪溝Sulcus anuli tympaniciにはめこまれている.上方では側頭鱗がその鼓膜切痕Incisura tympanicaのなかに鼓膜を受けいれている.鼓膜は鼓室輪溝のなかに固定されている範囲ではピンと張つた膜をなしており,この部分を緊張部Pars tensaとよぶ.これに反して鼓膜切痕によって受けられている上方の小さい領域はゆるんでおり,弛緩部Pars flaccida(またはシュラプネル膜Shrapnellsche Membran)とよばれる.緊張部は弛緩部より厚いから両部のさかい目が前後2本の細い境界線として見える.これを前および後鼓膜条Stria membranae tympani anterior et posteriorとよぶ.

 鼓膜の面の形:鼓膜はその固定枠のなかに1平面をなして張られているのではなくて,鼓膜に付着するツチ骨の柄および同じ骨の短突起のために,面の状態が大いに影響をうけている.すなわち柄によってツチ骨条が生じ,また短突起のために弛緩部と緊張部との境のところで膜が外方へ高まっている.ここがツチ骨隆起Prominentia mallearisとよばれる.一方,ヘラのようにやや広くなっているツチ骨柄の先端は,反対に鼓膜を内方へひっぱり,そのために鼓膜の外面がロート状にへこんでいる.これは鼓膜臍Umbo membranae tympaniとよばれ,その位置は鼓膜の中央ではなくて,やや下前縁の方に寄っている.

 鼓膜の傾斜:鼓膜の全体の傾きと,各4半部の傾きとが区別される.全体の傾きというのは鼓膜の付着縁によってきまる平面(これを鼓膜平面Trommelfellebeneという)の傾きである.鼓膜平面が正中面に対してなす傾きは著しいものであって,そのため鼓膜は外耳道の後壁と上壁から自然に続いているように見えるが,外耳道の下壁とは鋭角をなしているのである.いっそう正確にいうと,鼓膜は水平面に対しても正中面に対しても傾いており,つまり2重の傾斜をしているのである.

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 鼓膜平面は水平面とは外方に開いた45~50°の角をなし,正中面とは後方に開いた約500の角をなす(図666).新生児では鼓膜はほとんど水平に位置している.左右の鼓膜平面の直径を下方へ延長すると,上方に開いた80~90°の角をもって相交わることになる.また前方に莚長された両鼓膜平面の直径は後方に開いた約100°の角をなす.

 つまり鼓膜は外耳道のなかで下前方へ傾いた位置をとっているのである.従って外耳道の入口から鼓膜までの距離は,鼓膜の場所によって異なるのである(642頁参照).鼓膜の下縁と前縁とは上縁と後縁より7mmないし5mm内側へ寄っている.

[図675]左の鼓膜の外面 (×4)

[図676]左の鼓膜の内面とツチ骨およびキヌタ骨(×4)

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 鼓膜の諸層(図677):鼓膜は3つの異なった層からできている.固有板Lamina propriaとよばれる線維性の膜が丈夫な基層をなしている.その辺縁の著しく厚くなった部分が前述の線維軟骨輪Anulus fibrocartilagineusで,これが鼓室輪溝に固着している.固有板の外面には皮膚層Stratum cutaneumがあり,内面には粘膜層Stratum mucosumがある.

a)皮膚層は外耳道の皮膚がうすくなって続いているのであって,その厚さは50~60µにすぎないが,ツチ骨条のところだけは0.4mmもの厚さがある.外耳道の上壁から鼓膜へ進入してくるこの肥厚した線条--皮膚索Kutisstrangのなかを,鼓膜の主要な血管と神経が下りてきて膀に達する.表皮は約10層の細胞からなる重層扁平上皮で,表面は脂肪でうるおされており,皮膚索のところでは厚くなっている.皮膚の神経終末について知られている所にしたがえば,鼓膜上皮には知覚神経線維の自由終末が豊富に存在すると思つてよい.真皮は半透明の部分ではごく薄い(20µ以下)が,皮膚索では著しく厚くて(113mmに達する),ここには乳頭もある.ヒトの鼓膜には毛と腺が全然ない.皮膚索のほかでは乳頭がない.乳頭は外耳道の皮膚にはよく発達しているが,鼓膜では皮膚索のところ以外は線維軟骨輪にまでしか分布していない.

b)固有板は鋭角をなしてたがいに結合する扁平なかたい結合組織線維束からなり,2層をなしている.すなわち外層は線維が放射状に走るので放線状層Stratum radiatum,内層は線維が輪走するので輪状層Stratum circulareとよばれる.

c)粘膜層Stratum mucosumは皮膚層よりはるかに繊細で,固有板にしっかりついている,線毛をもたない単層の扁平上皮と薄い細網性の固有層とからできている.固有層のすきまには白血球も存在する.

[図677]成人の鼓膜の下縁とその付近 放線方向に切断(×60)

[図678]成人の鼓室の粘膜 横断(×450)

S. 646

この粘膜はツチ骨柄の上にもひとつづきに続いており,従ってここではツチ骨柄の被いをつくって,ツチ骨の骨膜と続いているのである.また線維軟骨輪のところでは鼓室の粘膜に移行している.その移行縁では粘膜が絨毛状ないし乳頭状に隆起しており,その中に血管係蹄がある.このような隆起がさらに中心部の方へ伸びて,ツチ骨柄のところにも現われることがある.

 鼓膜の弛緩部には皮膚層と粘膜層があるだけで固有板がない.前述の皮膚索は外耳道の上壁から弛緩部を通って緊張部に進入するので,弛緩部はその場所で厚くなっている.

 鼓膜の血管:内外の血管網が区別され,前者は粘膜層に,後者は皮膚層に属する.外血管網は次の動脈から血液をうける.

1. 多数の小さい放線状辺縁動脈radiäre Randarterien.これは外耳道の皮膚からやってきて,鼓膜の辺縁から放射状に皮膚層に進入し,まもなく毛細管になってしまう.

2. 外ツチ骨柄動脈A. manubrialis externa:深耳介動脈から起る1本の比較的太い動脈小幹で,ツチ骨柄のうしろで鼓膜の皮膚索のなかを下って鼓膜騒齊にいたり,2本の枝(それから先でさらに分枝する)に分れる.この動脈の幹からも,またその枝からも,たくさんの細い枝がでて,放射状に皮膚索から鼓膜へ進入している.

 集まってくる静脈血は血液をここにみちびいた両動脈と同じ2つの方向に流れてゆく.すなわちツチ骨柄静脈叢Plexus venosus manubriiと辺縁瀞脈叢Plexus venosus marginalisによって運び去られるのである.

 内血管網は鼓室動脈Aa. tympanicaeから動脈血をうける.それにはツチ骨柄の粘膜のなかを下ってくる小さい動脈--内ツチ骨柄動脈A. manubrialis internaがとくに関与している.さらに1本の動脈が鼓室の底から鼓膜の下部に達し,その枝は内ツチ骨柄動脈の枝と吻合している.静脈1血はここでも主として2つの方向に流れさる.鼓膜の辺縁部と中間部では内外の静脈が穿通枝によってつながり合っている.固有板に固有の毛細管網があるかどうかはまだ確かでない.

 鼓膜のリンパ管は1. こまかい皮膚リンパ毛細管網と 2. わずかの粘膜網とからなっている(Kessel).

固有板には角膜と同じように液細管系がある.

 鼓膜の神経はとくに外耳道神経(三叉神経第3枝の耳介側頭神経からの枝)の1枝である鼓膜枝R. membranae tympaniから来ている.この枝は皮膚索のなかを走って鼓膜に達し,外ツチ骨柄動脈のうしろを下りてくる.そのほかにいろいろな場所から細い辺縁神経がはいって来る.これらすべての皮膚神経は皮膚層と固有板との境のところで目のあらい基礎神経叢Grundplexasをつくっている.この神経叢から血管神経や,上皮下神経叢をつくる多数の枝が出る.そして上皮下神経叢からほ神経糸が上皮のなかへはいってゆく(Kessel).粘膜層の神経は鼓室神経叢から起こっており,一部は血管神経叢を,一部は上皮下神経叢をつくっている.

B. 中耳Auris media, mittleres Ohr

 中耳は迷路と外耳とのあいだにある側頭骨内の空所すなわち鼓室からなり,一方では耳管とよばれる1つの管によって咽頭腔とつながり,他方では側頭骨の乳様突起内の蜂の巣のような空所につづいている.3つの鼓室小骨が鎖のようにつながって鼓室を貫いている.これらの小骨は外耳の内壁である鼓膜と迷路の外壁とを直接に結合しているのである.

1. 耳管Tuba pharyngotympanica, Ohrtrompete(図86,182, 666, 679)

 耳管は圧平された形の管で3.5~4cmの長さがある.(相川春雄によれば日本人の耳管はヨーロッパ人のそれと計側値においてほとんど差異がない.日耳鼻39巻8号,1933. )

鼻腔のうしろで咽頭の側壁の上部に,耳管咽頭口Ostium pharyngicum tubae pharyngotympanicaeという開口をもって始まり,外側後方へと細くなりながらのびて鼓室に移行する.その移行するところが耳管鼓室口Ostium tympanicum tubae pharyngotympanicaeである.耳管の走向は大体において矢状方向と前額方向とのほぼ中間である.しかも同時に咽頭口から鼓室口へとかるい傾斜で上つている.耳管は次の2部分からなる:a)耳管軟骨部Pars cartilaginea tubae pharyngotympanicaeは内側の長い方の部分であって,軟骨と線維膜で囲まれ,耳管の全長の約2/3を占める.

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b)耳管骨部Pars ossea tubae pharyngotympanicaeは外側の短い方の部分で,骨性の壁でかこまれて側頭骨のなかにある.これは側頭骨の耳管半管Semicanalis tubae pharyngotympanicaeが粘膜で被われたものに他ならない.両部が移行しあう場所は,また最も狭い部分でもあって,耳管峡Isthmus tubae pharyngotympanicaeとよばれる.また耳管骨部には耳管[含気]蜂巣Cellulae pneumaticae tubalesといういくつかの小さいへこみがある.

a)耳管軟骨部では粘膜と耳管軟骨とが区別される.耳管軟骨Cartilago tubae pharyngotympanicae, Tubenknorpelは1枚の軟骨で,その長さは2.3~3cmあり,咽頭端では幅がかなりひろくて約1cm,ここでは厚さも2~5mmあるが,鼓室へ近づくほどに幅も厚さも著しく減ずる.この軟骨板の縦の方向は耳管の方向に一致しており,両側面はほぼ鉛直に立っている.上縁は外側へそりかえっているので,ここに1つの半管(樋)がつくられる.その中を耳管粘膜の管が走っているのである.耳管軟骨の樋は外側下方へ開いていて,この範囲では粘膜が1枚の線維膜だけで包まれる.この膜は膜性板Lamina membranaceaとよばれて,耳管軟骨の樋の部分をも裏うちしているのである(図666, 679).

 耳管軟骨の横断面は鈎の形をしている.その自由縁はまるくなり,多少厚くなっている.この外側部は外側板Lamina cartilaginiS lateralisとよばれて,耳管軟骨の鼓室端ではこの方が強大で,内側板Lamina cartilaginis medialisの方が短い付属物と見えるにすぎない.しかしまもなくこの関係が逆になる.すなわち咽頭の方へすすむにつれ内側板が急速に大きくなり,こんどは外側板の方が付属物のようになってしまう.耳管軟骨の鼓室端は耳管骨部に行きあたって,骨部の端のギザギザした粗面に,線維塊によってかたく結合している.耳管軟骨の上壁は頭蓋底に固着し,前方は蝶形骨の舟状窩に,それより後方では蝶骨錐体裂の線維塊に付いている.

 耳管軟骨の形は個体により差異がはなはだしく,それはとくに咽頭端が著しい.まだ咽頭端にならぬ所でも,血管を伴って侵入する軟骨膜の突起や粘膜の腺によって,軟骨に大小さまざまな割れ目がはいっていることがある.またいわゆる耳管の過剰軟骨板 accessorische Knorpelplättchenは咽頭に近い下部ではしばしばみられるものである.

 耳管軟骨は硝子軟骨に属するが,線維軟骨の性状を示す部分もある.咽頭端では弾性線維が多少とも豊富に,またいろいろな広がり方に混入している.

b)耳管骨部は直接に鼓室に通ずる部分で,断面は角のとれた三角形を呈し,その横径およそ2mmである.内側は頚動脈管に,外側は錐体鱗裂Fissura petrosquamalisに,上方は筋管総管中隔Septum canalis musculotubalisに,下方は鼓室稜Crista tympanicaに接している.耳管骨部は錐体尖の近くでまわりの不規則な粗縁をもって終り,ここに耳管軟骨が固着している.

 粘膜Tunica mucosaは咽頭粘膜のつづきで,咽頭の近くではその粘膜の性状を保ち,厚さは0.5~0.6mmである.ところが鼓室に近づくにつれて厚さが著しく減じ,鼓室の薄い粘膜につづくのである.粘膜は疎性結合組織によって軟骨膜と結合し,そのあいだが移動可能である.これに反して耳管骨部では粘膜下組織が少なくて骨膜と癒合している.粘膜には不規則な縦のひだがあり,これは骨部の下壁にあるものは繊細であるが,軟骨部ではかなり強く発達している.上皮は単層線毛上皮で,多数の杯細胞と補充細胞をもっている.線毛の流れは咽頭口の方へむかつている.粘膜固有層は線維性の結合組織で,咽頭の近くでは細網性の性状をかなり強く示し,多数の白血球をふくんでいる.そこの粘膜に小さいリンパ小節さえ存在することがあって,耳管リンパ小節Lymphonoduli tubalesとよばれる.そのほか軟骨部の粘膜には粘液腺Glandulae mucosaeがたぐさんある.

 咽頭口からはじまって鼓室の方へ或る距離のあいだは,この上皮性の腺がひとつづきの層をなしている.鼓室へ近づくほどにこの腺は少くなるが,鼓室口のところでも,まばらながらやはりあるにはある.とくに大きい腺は咽頭口の近くにみられる.こ,では開口のまわりの咽頭粘膜内にある腺の導管によって,軟骨に孔があいているほどである.

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 耳管の動脈は翼突管動脈A. canalis pterygoideiおよび上行咽頭動脈A. pharyngica ascendensから来ている.中硬膜動脈も関与していることがあり,その場合にはこの動脈の錐体枝R. pyramidisが錐体鱗裂を通って耳管上壁へごく細い枝を送っているのである.リンパ管は骨部にも軟骨部にも数多くあって,咽頭口のところで咽頭粘膜のリンパ管とつづいている.

 神経は鼓室神経叢Plexus tympanicusからの耳管枝R. tubae pharyngotympanicaeと咽頭神経叢Plexus pharyngicusからの枝である.線維は有髄と無髄のものがともに存在し,多くの顕微鏡的な神経節をもっている.

 骨部の内腔は血管の充満の程度によるわずかな変化を示す以外は全く動きがない.軟骨部の大部分では線毛をもつ両側壁が相寄っていて,そのため内腔の下部と中部は高さ7mmぐらいの鉛直の裂隙をなしている.しかし裂隙の上部すなわち軟骨のカギの手の部分で囲まれる.ところは,粘膜の表面が軟骨板の曲線に沿ってまるくなっている.そのため内腔の上部は常に開いた管になっており,ここを安全管Sicherheitsröhreとよぶ.そして裂隙の残りの部分は補助隙Hilfsspalteとよばれるのである.しかし軟骨部の前方部では軟骨のカギの手が次第に弱くなり,ついにはなくなってしまうので,粘膜の表面が全体にわたって寄り合っている.補助隙の壁はふだんは相接しているが,口蓋帆張筋が収縮すると,その接触がひき離されうるのである(図679).

 耳管の最も狭い部分すなわち耳管峡Isthmus tubae pharyngotympanicaeは軟骨部と骨部のつながるところにある.耳管は上下の両方の口で広くなっているが,とくにそれは咽頭口で著しい.咽頭口は卵円形であって,ロート状に開き,ほず前額方向に位置して,耳管軟骨の咽頭端と粘膜のもり上りとによってできた耳管隆起Torus tubalisという高まりの前にある.

[図679]ヒトの耳管とその付近 咽頭口の近くで横断

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2. 鼓室Cavum tympani, Tympanum, Paukenhöhle
a)骨性の周壁(第I巻図232, 233)

 鼓室には6方面の壁がある.

1. 上壁すなわち鼓室の天井は室蓋壁Paries tegmentalisとよばれ,鼓室蓋Tegmen tympaniという薄い骨板によってできている.鼓室蓋は側頭骨の錐体乳突部に属する.

2. 下壁は頚静脈壁Paries jugularisとよばれ,また鼓室の床であるから鼓室床Solum tympaniともいう.これは側頭骨の錐体の下面,とくに頚静脈窩に相当している.まるみをもった凹面の狭い面で,たいてい小胞状のくぼみがいくつかある.上方に開くこれらの小さい部屋は鼓室蜂巣Cellulae tympanicaeとよばれる.茎状突起の上端に相当して,中耳の下壁にしばしば茎突隆起Prominentia styloideaという高まりがある.下壁にはまた鼓室小管Canaliculus tympanicusおよび下方の頚鼓小管Canaliculus caroticotympanicusの鼓室口がある.ちなみに上方の頚鼓小管は鼓室の内側壁に属している.

3. 鼓室の前壁は頚動脈壁Paries caroticusとよばれ,内側の方は頚動脈管の骨性壁でできている.外側には筋管総管が開いている.

4. 後壁は乳突壁Paries mastoideusとよばれ,その上部に乳突洞Antrum mastoideumと乳突蜂巣とに通じる入口がある.この入口を乳突洞口Aditus ad antrum mastoideum という.後壁にはそのほかに重要な錐体隆起Eminentia pyramidalisがあり,その先端にはアブミ骨筋の細い腱がとおるための小さい孔があいている.錐体隆起のなかは1つの部屋になっていて,この部屋はアブミ骨筋を容れるためのものであり,またここから顔面神経管につづいている.小橋Ponticulusという1本の骨小棒が錐体隆起から岬角へのびている.錐体隆起の外側に鼓索神経小管の鼓室口 Apertura tympanica canaliculi chordaeがある.

5. 外側壁は鼓膜壁Paries membranaceusとよばれ,側頭鱗の一部と,鼓膜およびそれにつくツチ骨柄によってつくられている.

6. 内側壁は迷路壁Paries labyrinthicusとよばれ,最も多くの特異性を示している,すなわち

α)岬角Promunturiumは鼓室の迷路壁の大きな部分を占めて円い丘のかたちをしている.その表面には岬角溝Sulcus promunturiiが鉛直の方向に走っている.岬角は蝸牛窓を被うように高まって,この窓への入口を蝸牛窓小窩Fossula fenestrae cochleaeというロート状の空所にしている.岬角溝の下端は,錐体小窩からはじまる鼓室小管が鼓室に開く口である.岬角溝の上端は前庭窓と筋管総管中隔のサジ状突起とのあいだにある1つの微細な孔に終わっている.岬角のうしろには鼓室洞Sinus tympaniという1つの深いくぼみがある.

β)前庭窓Fenestra vestibuli, ovales Fenester(卵円窓)は迷路の前庭に通じる腎臓形の孔で,アブミ骨の底によって閉じられている.前庭窓は前庭窓小窩Fossula fenestrae vestibuliというくぼみの中にある.前庭窓の下縁はかるい凹の曲りを示す.

γ)蝸牛窓Fenestra cochleae, rundes Fenester(正円窓)は岬角によって前庭窓からへだてられている.これは蝸牛の鼓室階に通じる孔で,第二鼓膜Membrana tympani secundariaによって閉ざされている.第二鼓膜は蝸牛窓稜Crista fenestrae cochleaeという骨稜に付着している.

δ)前庭窓の上方には顔面神経管のうすい壁(ところによってはこの壁が不完全であり,またすき通ってみえる)が鼓室のなかへ突出している.これが顔面神経管突隆Prominentia canalis n. facialisである.この管ははじめ後方へ走り,それから下方へむかい,また1つの開口によって錐体隆起内の部屋とつながっている.

ε)岬角の上方には鼓膜張筋半管Semicanalis m. tensoris tympani(文字どおり半管のこともあり,完全な1管をなすこともある)の終端がある.

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この半管は前庭窓のところまで水平にのびて来て,ここでサジの形に曲がった薄い骨小板に終わっている.これをざじサジ状突起Processus cochleariformis(cochlear=サジ)という.鼓膜張筋半管は,その下方にあっていっそう広いところの耳管半管Semicanalis tubae pharyngotympanicaeと平行している,両半管は筋管総管中隔の薄い骨小板によってしきられている.このしきりは不完全なことが普通であるが,時には完全なこともある.

 乳様突起のなかの多くの部屋は乳突蜂巣Cellulae mastoideaeとよばれる.この部屋は空気がはいっていて,鼓室の粘膜が側方へ伸びだしたためにできた付属物と考えられ,したがってその内面は鼓室粘膜のつづきによって被われている.

 乳突蜂巣の大きさと形, ならびに骨のなかでの広がり方は個体によってまちまちである.鼓室の後壁にある入口からはじまって,錐体の上面の下方をへて乳様突起の表面およびその先端にまで伸び,時おりは側頭鱗のなかや頬骨突起のつけねのなかにまで広がっている.これらの部屋はつながりあった1つの空洞系をなし,各部屋のさかいは時には紙のように薄い骨板で,また時にはかなり厚い壁でできていて,たがいに不完全にしきられている.

 乳突蜂巣は乳突洞Antrum mastoideumという1つのかなり広い部屋に開いている.乳突洞を中耳につなぐ部分は鼓室蓋の下にある1本の短い道で,ここは4方面の壁をもっている.上壁は鼓室蓋によってつくられ,下壁には樋のような形をしてキヌタ骨の短脚をうけているキヌタ骨窩Fossa incudisがある.内側壁には長円形の外側半規管突隆Prominentia canalis semicircularis lateralisという高まりがあり,これは手術のさいに重要な目標になる.また外側壁をなしている骨は骨性外耳道の後壁の上半の,鼓膜に密接する部分にほかならない.

b)鼓室小骨 Ossicula tympani, Gehörknöchelchen(図666, 676, 680685)

 鼓室の上部には3つの鼓室小骨があって,鼓室の迷路壁と鼓膜とのあいだをつないでいる.鼓室小骨は弯曲した1つの鎖をなしており,ツチ骨がいちばん外方の節をなしている.ツチ骨の柄は鼓膜と密に結合している.鎖の中節はキヌタ骨である.また内節はアブミ骨であって,迷路壁の前庭窓にはまりこんでいる.

1. ツチ骨Malleus, Hammer

 ツチ骨にはKörperとよばれる中央部があって,上方はツチ骨小頭Capitulum malleiという球状にまるくなった部分に移行している.ツチ骨小頭の後面には軟骨で被われた鞍形の関節面があって,ここがキヌタ骨と結合するところである.小頭の下にはくびれた場所があってツチ骨頚Collum malleiとよばれる.体からはいくつかの突起がでており,その1つがツチ骨柄Manubrium malleiである.これは少しまがった平たい骨小棒であって,ほぼ頚の延長線上で体から発する.

 ツチ骨の頭と頚とは鼓室の上部で鼓膜より上方,すなおち鼓室上陥凹Recessus epitympanicusのなかにある.頭はほとんど鼓室の天井につくばかりになっており,頚は鼓室の外側壁に密接している.

 長突起Processus longusは頭と頚を通ずる縦の方向に対してほぼ直角にそれた方向へでている ほつそりとして長い小棒であって,煎下方へむかつてのび,錐体鼓室裂の中にはいりこんでいる この突起の先端は平たく広くなっていて,靱帯塊によって側頭骨の錐体と結合している.短突起Processus brevisは柄の初まりの部分から外方へでて,鼓膜の上部に非常にしっかり付着しているので,鼓膜にはその部分で外方へ小さな高まりができている.この高まりをツチ骨隆起Prominentia mallearisという.

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2. キヌタ骨Incus, Amboß

 キヌタ骨のかたちは強く開いた2本の根をもつ歯に似ている.隣りの骨がツチであるのに対して,これはキヌタにある程度似ているために,このように名づけられたことが明白である.

 キヌタ骨体Corpus incudisはツチ骨の小頭の後方で,鼓室上陥凹のなかにある.ツチ骨小頭との関節面は前方に向い,ここは深くきれこんで鞍状をなしている またキヌタ骨から2本の突起がでる.長い方のは長脚Crus longumとよばれ,鼓室内を随骨柄の後内側でほぼ鉛直の方向に伸び,下方にゆくほど細くなっている.

[図680, 681]左のツチ骨 図680はうしろから,図681は前からみる(×4)

[図682, 683]左のキヌタ骨 図682は内側から,図683は前外側からみる(×4)

[図684]左のアブミ骨を上からみる (×4)

[図685]左のツチ骨・キヌタ骨・アブミ骨がつながっている状態を内側やや上方からみる(×4)

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[図686]成人の蝸牛の中央断(×18)

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その末端部は少しく内方へ曲がって,急に細くなる.その端には小さい卵円形の結節部があって豆状突起Processus lenticularisとよばれる.成人ではこの部分がキヌタ骨と骨性に結合している.短い方の突起は短脚Crus breveとよばれ,ほ羽く平に後方へ伸びて急に細くなり,後キヌタ骨靱帯Lig. incudis posteriusという結合組織線維束によってキヌタ骨窩のなかで乳突洞口の底に固定されている.

3. アブミ骨Stapes, Steigbügel

 アブミ骨には1つの小頭と2つの脚と1つの基底板がある.アブミ骨小頭Capitulum stapedisは外方に向かっていて,その外面には軟骨で被われた1つの浅い圧痕があり,ここが豆状突起と結合する.また基底板はアブミ骨底Basis stapedisとよばれ,アブミ骨底輪状靱帯Lig. anulare baseos stapedisによって前底窓に付着し,この窓のかたちと似て腎臓形をしている.上縁は凸,下縁は凹の弯曲を示す.アブミ骨底の鼓室面には両脚の付着端のあいだに1本の細い隆線が走っている.また両脚には向いあう面に1つの溝をもっている.前方の脚は直脚Crus rectilineumとよばれ,直線に近くて,弯曲した後方の弯脚Crus curvilineumより少し短い.小頭と両脚のあいだのくびれた部分はアブミ骨頚とよばれる.

c)鼓室小骨の結合

1. 鼓室小骨の連結Juncturae ossiculorum tympani

α)キヌタ-ツチ関節Articulus incudomallearis.これは1種の鞍関節である.

 関節包は強靱で,両骨の関節面をそれぞれ取り巻く溝に付いている.関節襞の内側面から関節腔内へ1枚のうすい関節半月がいろいろな深さに進入し,これは外側へ向かってうすくなりとがっている.

 楕円形に近い関節面の長軸に平行な断面をつくってみると,ツチ骨の関節面は軽度の凸簿をいくつかつくり(制動歯Sperrzähne),キヌタ骨の関節面はそれをうけるために凹になっている.制動歯の存在のためにこの関節は制動関節Sperrgelenkともよばれる.関節軟骨は制動歯の上につづいている.この関節における両骨間の動きは5°にも達しない.

β)キヌタ-アブミ関節Articulus incudostapedius.

 豆状突起の凸出した表面は,外へ向かって凸の1枚の軟骨盤によって被われている.他方,アブミ骨小頭は凹の軟骨盤に被われ,これが小頭を関節窩の形にしている.両骨の結合の中央部に裂隙状の関節腔がみられる.1つの繊細な関節包靱帯が両部をつなぎ合せている.

γ)[]アブミ[骨靱帯]結合Syndesmosis tympanostapediaはアブミ骨底輪状靱帯Lig. anulare baseos stapedisによるもので,この靱帯はアブミ骨底の縁を前底窓の縁に結びつけているのである.

2. 鼓室小骨の靱帯Ligamenta ossiculorum tympani

α)ツチ骨と鼓膜との結合

β)上ツチ骨小頭靱帯Lig. capituli mallei superiusは鼓室蓋から起こってまっすぐ下方へ走り,ツチ骨小頭につく細い線維束である(図676).

γ)ツチ骨長突起靱帯Lig. processus longi malleiの線維は蝶形骨棘から起り,錐体鼓室裂を通りぬけてツチ骨頚にまで達する.

δ)外側ツチ骨靱帯Lig. mallei lateraleの線維は外耳道の上壁で,鼓室切痕Incisura tympanicaのところから起こってツチ骨頚にいたり,同時にまた弛緩部の形成にもあずかっている.外側ツチ骨靱帯の前後の両索状部はとくに強く張られていて,Helmholtzによって“Achsenband des Hammers”(ツチ骨の軸帯)とよばれた.

ε)上キヌタ骨靱帯Lig. incudis superiusは上ツチ骨小頭靱帯のうしろで鼓室蓋から起り,下ってキヌタ骨の体につくもので,ほんのわずかな線維でできている.

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ζ)後キヌタ骨靱帯Lig. incudis posteriusはキヌタ骨短脚(硝子軟骨をかぶっている)と,キヌタ骨窩(乳突洞口の底にある)とのあいだに張る丈夫な線維束である(図676).

η)アブミ骨閉鎖膜Membrana obturans stapedisはアブミ骨の両脚の溝とアブミ骨底の隆線とのあいだに張っている1枚のうすい膜である.

θ)アブミ骨底輪状靱帯Lig. anulare baseos stapedis.前庭に向うアブミ骨底の面はうすい軟骨層で被われ,この軟骨層は骨縁よりもいくらか広くなっている.強靱線維性の1靱帯がアブミ骨底をこれに向いあう前庭窓の縁(ここも軟骨で被われている)に結合している.これがアブミ骨底輪状靱帯であって,著者(Kopsch)はこの靱帯内のところどころに関節腔ともいうべきものを見いだした.

d)鼓室小骨の筋Musculi ossiculorum tympani

α)鼓膜張筋M. tensor tympani

 この筋は鼓膜張筋半管のなかにあり,この管の外口の手前で側頭骨錐体から起るほか,蝶形骨大翼のこれに隣接する部分からも,耳管軟骨の上壁からも起こっている.この筋は円柱状の腱に移行し,この腱がサジ状突起のところで筋腹の方向に対して直角にまがり,鼓室のなかを横の方向に走って,ツチ骨柄のつけ根の内方縁につく(図666, 676).

 鼓膜張筋は内側翼突筋神経N. pterygoideus medialis(三叉神経第3枝)から分れる1枝によって支配される,この枝には耳神経節から1本の細い神経糸がはいってきている.

β)アブミ骨筋M. stapedius

 これは錐体隆起のなかにある筋で,毛のように細い腱となって鼓室内を通り,アブミ骨小頭にその関節面の縁のすぐ下方で付着する.

 アブミ骨筋の運動を支配する神経は顔面神経の1枝であって,顔面神経管からつづく特別な1つの孔を通って錐体隆起の底にはいり,この筋に達する.

 アブミ骨筋の腱のなかに時おり針のような骨がみつかることがあるが,動物ではこれが常在するものが少くない.

e)鼓室粘膜Tunica mucosa tympanica

 鼓室の粘膜は繊細で赤味をおびて血管にとみ,耳管粘膜のつづきである.この粘膜は鼓室のすべての壁と,見かけの上で鼓室の内部にあるすべての器官を被っている.つまり3つの鼓室小骨とその靱帯および関節,アブミ骨筋と鼓膜張筋の腱,鼓索神経などであって,これらはみな鼓室の壁が内部へ落ちこんでできたものと見るべきもので,それらの表面はいずれも鼓室粘膜で被われているのである.

 この粘膜で被われていないのはアブミ骨底の前庭画と,ツチ骨柄が鼓膜の固有層内にとりこまれている部分である.粘膜が諸器官を被ケに当たって,ある場所では正確にその器官をぐるりととり巻くが,他の場所では着物の縁やひだのように被膜が高まりをなしている.これらのひだのうち2, 3のものはとくに他のものより大きく,より常在性である.それでこれらのひだは,どの骨のところにあるかによってツチ骨ヒダ・キヌタ骨ヒダ・アブミ骨ヒダとよばれる.

 ツチ骨ヒダは鼓室の外側壁の上部で,鼓膜の近くにある1群のひだであって,鼓膜の上縁はこれらのひだによって被いかくされている.ツチ骨の長突起の一部と鼓索神経とはこのひだの中にある.ツチ骨より前方にあるひだが前ツチ骨ヒダPlica mallearis anterior,ツチ骨より後方にあるのが後ツチ骨ヒダPlica mallearis posteriorである(図676).また鼓索神経を包むひだは鼓索神経ヒダPlica chordae tympaniとよ壱まれる.またキヌタ骨ヒダPlica incudisは鼓室の後壁から斜めに長脚に沿って下り,豆状突起の上で終わっている.

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 アブミ骨ヒダPlica stapedisはアブミ骨とその閉鎖膜とを包み,さらにアブミ骨筋の腱と小橋とのあいだにも張っている.

 鼓室の粘膜は乳突洞口を通じて乳様突起内の聖洞につづき,そこですべての骨板を被うばかりでなく,粘膜だけでできた細かいしきりや壁をつくつたり,骨壁のあいだに特有な形の索を張つたりしている.

 鼓室粘膜の上皮は線毛円柱上皮で,補充細胞をまじえている(図678).しかし鼓膜の内面は単層扁平上皮で被われている(図677).また上述の多くのひだや鼓室小骨の表面の上皮は2~3層の扁平上皮であって,線毛がない.粘膜の結合組織性の部分すなわち粘膜下組織は骨膜とはなはだ密に結合しているので,両者の境ははっきりしていない.

 鼓室の前方ではその粘膜に長さ0.1mmほどの短い腺管が時おり見られ,これがいわゆる陰窩Kryptenである.あるいはまた斜めにのびて側突起をもつ比較的長いものが見られることもある.鼓室の後方部と乳突蜂巣の粘膜には腺がない.

 乳突蜂巣の粘膜は鼓室粘膜に比べると薄くて血管にとぼしいから色調が白つぼくて,扁平上皮で被われている.上に述べたように粘膜が橋わたしや糸状をなして伸びているが,その途中の所々に同心性に縞のある結合組織性の肥厚部がみられる.これは結合組織索の軸をもっていて,ケッセル・ポリツァー小体Kessel-Politzersche Körperchenとよばれる.

f)鼓室の陥凹(図676)

α)鼓室上陥凹Recessus epitympanicusまたはAtticus(屋根裏部屋の意)というのは中耳の上部であって,中耳の天井から鼓膜張筋の腱め高さまでの範囲を指す.鼓室上陥凹のなかにツチ骨の小頭とキヌタ骨の体とがある.この陥凹の側壁は側頭鱗に属して,その鼓膜切痕のある部分によってつくられている.また後方は乳突洞口に移行する.そして乳突洞口じしんも,多くの学者はこれを鼓室上陥凹に属するものとしている.

β)上鼓膜陥凹Recessus membranae tympani superiorまたはプルサク腔Prussakscher Raumとよばれるのは1つのロート状の空所で,その内側のさかいはツチ骨の頭と頚ならびにキヌタ骨の体によってつくられ,外側壁は鼓膜の弛緩部と,鼓膜切痕を有する側頭鱗の部分とからできている.

γ)前鼓膜陥凹Recessus membranae tympani anteriorは鼓膜と前ツチ骨ヒダのあいだにある.

δ)後鼓膜陥凹Recessus membranae tympani posteriorは後ツチ骨ヒダと鼓膜とのあいだにある.

 鼓室の動脈は茎乳突孔動脈からの後鼓室枝R. tympanicus posterior,中硬膜動脈の浅錐体枝R. pyralnidis superficialisからの上鼓室枝R. tympanicus superior,内頚動脈からのRamulus caroticotympanicus(頚鼓小管小枝)ともいうべき1枝,ならびに前および下鼓室動脈Aa. tympanicae anterior et inferiorである.比較的太い血管は結合組織の深層を通り,表層は毛細管に富んでいる.鼓室小骨にもここから細い血管が進入している.

 静脈は中硬膜静脈と咽頭静脈叢に注ぐ.

 リンパ管は骨膜のそばの深いところで叢をなし,その中にかなり拡張した嚢状の部分がある.鼓膜の上縁と鼓室蓋のところの粘膜には細網性結合組織があって,リンパ球を蔵している.またこの細網性結合組織が所々でほとんどリンパ小節とみられるものになっていることがある.

 神経は鼓室神経叢Plexus tympanicusから来ている.この神経叢には神経細胞が散在性に,あるいはいくつかの群をなしてふくまれている.しかし鼓室神経叢をなしている神経のごく小部分が鼓室に分布するにすぎないのであって,大部分の神経束は鼓室の内側壁を通りすぎるだけである.その経過についてはすでに475頁で述べた.

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最終更新日 13/02/03

 

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