Rauber Kopsch Band1. 02

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総論

解剖学の概念

 解剖学とは形を具えたあらゆるものの世界Körperweltの形と構造についての科学である.

 それは鉱物,植物および動物の領域におよぶので,解剖学の取り扱う範囲ははなはだ大きい.

 肉眼をもって見ることのできる形と構造だけが解剖学の属するのではない.顕微鏡によって認めることのできるすべての事がらもまたそれに属する.

 光学顕微鏡は微細構造をある一定の限界までしか表わすことができないが,電子顕微鏡によれば分子の群まで見ることができる.ゆえに形という問題にも肉眼的顕微鏡的および限外顕微鏡的というような区別があってよいのである.

 この広範な全領域から見ると,人間の解剖学は本の小さい一部を占めるにすぎない.それでもその内容はまさに莫大なものである.

 人間は形や構造の上からも,それを成している物質から云っても,決してその周囲の世界から完全に分離して独立しているものでなく,それどころか動物の世界とは多かれ少なかれ密接な関係を明らかに示すのであるから,それ故に比較Vergleichungということが必要である.人間の解剖学は比較解剖学vergleichende Anatomieという広範な学間のただ一とくぎりを成すにすぎない.だから人間の解剖学の研究は比較解剖学の研究と手に手をとってすすまなければならない.

 人間の解剖学Anatomie des Menschenの対象とするところはまず成人Erwachseneの体である.しかし成人の体は終止形Endformであって,これは最初のAnfangformからはじまって,一連の数多くの中間形Zwischenformenをへて発達して,やっと生じたものである.したがって個体の発生学Entwicklungsgeschichte,すなわち個体発生Ontogenieこそが解剖学の暗い小径をてらす第2の大切な光明であり,それが人間の解剖学を理解するのに欠くことができないのは比較解剖学と同じ程度である.なお次のことも考えなければならない.何れの植物,何れの動物もその体は個体発生をへなければならないのであるから,比較発生学Entwicklungsgeschichteという科目があるわけで,これが人間の解剖学にとって第3の光明をなすのである.

 解剖学の第4の光明としては生理学Physiologieをあぐべきである.すなわち個々の体あるいはその部分の機能または働きについての学間である.これは機能学Ergologie, Werklehreとよぶのがいっそうよういであろう.それが解剖学にとって非常に大事であることは,身体の機能のために存在しており,機能は物質と形のうえにおこるものであることを思えば,すぐわかるのである.

 前には人体の最初の形や中間の形に対しての終止形Endform des menschlichen Körpersについて述べた.ところで,だれでも知るごとく,この終止形はただ1つでなくて,正常な状態でそれが2つある.すなわち女と男の終止形である.この2つの形のちがいとその差異の本質を究めることが,両性の解剖学Anatomie der Gerschlechterの仕事である.

 地球上の全地域に住む人の数は男女の終止形を合わせて,今のところおよそ24億600万である.その中のどの個体をとってみても他の個体と全く同じというものはない.そして身体の上でたがいに異なるそれぞれの大きい人間の群を外部および内部の特徴によって記載する解剖学の部門は人種の解剖学Anatomie der menschlichen Rassenとよばれる.

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いままでに最もよく研究されたのはコーカシア人種indoeuropaische Volkerfamilieである.したがってこの人種がわれわれの述べる人間の解剖学の基礎をなしている.

 それに次いでは日本人が解剖学的に最も深く研究されている.

 また系統解剖学systematische Anatomieと局所解剖学topographische Anatomieを区別しなければならい.前者は身体をまず全体としてとりあつかい,ついで体を構成する種々の器官系にしたがって取り扱うのである.そのさい,人体が動物の系統の中で如何なる位置を占めるかということも研究されなければならいので,系統解剖学という名前は2つの方向からみて正しいわけである.系統外貌学はまた記載解剖学deskriptiveAnatomieともいう.

 それに対して,局所解剖学は体のいろいろの領域において,諸器官および器官の諸部分が如何ように隣り合わせているかを研究する.その場合,系統解剖学の知識は前もって得られていると仮定するのである.系統解剖学はさしあたって,実用上の目的に持たず,純粋な学間上の目的を持つのに反して,局所解剖学の目的は多くは医者としての必要なことに向けられている.局所解剖学がもっぱら外科的な要求にもとづく場合は,外科的解剖学chirurgische Anatomieとよぶのである.

 体質学Konstitutionslehreはいろいろと異なる体質の型の外部的なあらわれを記載することを,その基礎としている.

 自然の探求や,また医者としての思考と行為のみが解剖学を必要とするのではなくて,人間はだれでも当然,じぶんの体について,ある程度の知識と離解を持つことがはなはだ大切に違いない.この役目を果たすのが通俗解剖学Populäre Anatomieである.

 また芸術家は鉱物,植物,動物および人間を形に表わす限りは,解剖学上の知識と理解を充分に持っていなければならない.もっとも芸術家はそれらの体の表面に現われるところを模すればよいのである.ところが刻々と変化する表面の形を正しくつかんで,それを理解することは決してたやすい仕事ではない.難しい表面の形を正確に知るためには,体の個々の部分や個々の器官系でなく,全体Gesamtkörperの知識が特にだいじである.芸術家の目的にそうことを役目としているような解剖学上の記載を集めたものが芸術家のための解剖学Anatomie für Künstlerあるいは造形解剖学plastische Anatomieである.

 前に終止形の解剖学ということを述べたが,それに加えて,なお乳児期,小児期,老人期の解剖学というような大切な成長段階についての特別な解剖学上の記載もあることを見落としてはならない.

 生命を有するもの全体についての科学すなわち生物学Biologieに対する解剖学の関係は次の表によって解明と外観があたえられる.

生物学=形態学+生理学(機能学)

解剖学および発生学

個体発生および系統発生

植物解剖学および動物解剖学

人間の解剖学および動物の解剖学

Biologie=Morphologic+Physiologie(Ergologie)

Anatomie    Entwicklungsgeschichte

Ontogenie    Phylogenie

Phytotomie Zootomie    Keimesgeschichte       Stammesgeschichte

Anatomie des Menschen   Anatomie der Tiere

 上に述べたことからして,われわれが如何なる目的で解剖学を勉強するかを推測するのは困難であるまい.それには学間的,実用的,および道徳的な理由があるのである.

 初学者によって第2の点が特に重要視されることが少なくない.その考え方こそは誤りであって,極力避けなければならない.もしもこの世にあるいは何か一つの自然物が純粋に学間的な立場から充分に研究される価置があるとするならば,それは人間の体である.

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学間上の利益というのはもちろん無限に大きいものにちがいない.しかし実地上の利益も大きさにおいてそれにすぐつづく位置にある.解剖学の実地上の利益は学間的な仕事から洪水のようにあふれてででてくる.この関係をいっそうくわしく考えるならば,次のことがすぐに明らかとなる.身体のすでに起こった障害を判断して治療するためにはあらゆる方面の解剖学の知識が必要であることはいうもでもないが,それよりもいっそう高い価値があるのは,科学がわれわれに教える限り,この完全な構造をその生きるあらゆる段階において障害の起こることから守るということである.まずもって大切なことは,この驚愕すべき構造をその最初の出発からよくはぐくみ保護して,それが完全に花を開くように,つまり完全な健康を持って発達して,その健康を永く保つことができて,病気にならぬようにすることである.それを目的としているのが体育学と衛生学の領分である.その実施方法は体の微妙な構造とその微妙さが要求するところを常に歩調を合わせるわけである.

 生活体の成長およびその保存のもとをなす建設的な動物は生命の最初の出発のときからたえず減少してゆく.害を起こすものを遠ざけ,あらゆるものに度を過ごさぬというのが,生命の長さを短縮しないための2つの主要手段である.

 また解剖学深く研究することによって道徳の面に何か利益がないであろうか.何か一つの体の実在ということに対して感受性のつよい人間は驚愕の目をみはって不思議に思うのである.実に,大宇宙の実在,およびその極微な各部が実在するということはあらゆる謎の中で最初の,そして最大の不思議である.そして12個の原子の存在する起原や1個の結晶について研究してあとに考えてみるがよい.その起こりをしらべてみるがよい.あらゆる方向から完全と秩序の原則がわれわれにむかって輝いてあらわれる.そして形の完備した植物のなかに生命の活動が初めて姿をみせるとすれば,それをみて驚かないような人間は鈍い心の持ち主といわねばならない.対象が動物となるとその感じはいっそう深くなるし,あらゆる創造物の王位にある人間となると,生きとし生けるものの典型として,最も深い感銘がわれわれに迫ってくるものである.

 リービッヒJustus Liebigが云ったように,自然の法則や自然の現象を知ることがなければ,人間の精神は創造者の偉大さと無限の叡智をうかがう試みにおいて失敗する.何となればいかに豊かな空想,いかに高く磨かれた知力であっても絵をみて考えることのできるあらゆることが,真実に対しては,いろいろの色を示しながらその色が刻々かわるそして内容の空虚なシャボン玉にしかすぎないのである.

 Nil admirari?(驚愕すべきものはこのように何もないのか.)

 われわれが森羅万象からうけとる印象はこんなものであろうか.いや,印象は全く違っている.それがまた最も大事なことである.ゲーテGoetheの云った次の言葉をよく身にしみこませておきたい.『君らが驚異の眼をもって取りかかるのでなければ,神聖なものの奥に入ることは決してできないであろう.』

  Reinke, Johannes, Die Welt als Tat. umrisse einer Weltansicht auf naturwissenschaftlicher Grundlage. 7. Aufl.1925.-Kern, Berthold, Das Problem des Lebens usw. Berlin,1909.-Thomson, I. A., The system of animate nature.-Allgemeine Biologie. I. Bd. d. 4 Abt. D. III. Teils von Die Kultur der Gegenwart. Leipzig,1915.-Loeb, I. The Organism as a whole.1916.-Uexküll, I. von, Theoretische Biologie. Bellin,1920.-Peter, Karl., Die Zweckmäßigkeit in der Entwicklungsgeschichte. Berlin,1920.-Becher, Rrich, Geisteswissenschaften und Naturwissenschaften. München,1921.-Driesch, Hans, Philosophie des Organische. 4. Aufl. Leipzig,1928.-Schaxel, I., Grundzüge der theorienbildung in der Biologie. 2. Aufl. Jena,1922

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最終更新日 10/08/22

 

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